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拠点を兵庫県加古川に移し過去最大規模で開催「第3回オンラインエルゴ選手権」カヌースプリント オリンピック日本代表の藤嶋大規さんも参加

コロナ禍に入り3年。私たちは生活スタイルの変化を迫られた。制限された生活の中、新しく生まれたものも少なくない。その一つがオンライン。感染対策の一環として会社の打合せや音楽ライブなど人と接することなく生活を送れる。

2021年1月一般社団法人カヌーホームはオンラインを活用した「エルゴ選手権大会」を開催。エルゴとは「水上で行うボート競技の動きを陸上でもトレーニングできるように再現されたマシン」のこと。各地をZOOMで繋ぎ、その様子をYouTubeライブで配信した。

そして1月28日(土)、拠点を兵庫県加古川市に移し「第3回オンラインエルゴ選手権」が行われる。

コロナ禍で様々なイベントが中止。選手のためにできることを模索

第1回オンラインエルゴ選手権大会は秋田県から鹿児島県まで全12拠点21チーム143選手が参加。大会を運営したのは一般社団法人カヌーホーム。ここは大学時代カヌースプリント競技で全日本チャンピオンになり、国内大会4年間負けなしの尾野藤直樹氏が2018年に設立した。

過去のオンラインエルゴ大会、運営拠点の責任者である江盛咲子氏に今回の開催について話を伺った。

オンラインエルゴ大会の運営責任者カヌーホームの江盛咲子さん

「第3回大会が実施できることで一安心しています。2021年の第1回大会は配信環境がいいかどうかも分からず手探り状態。第2回大会も『リアルでやってほしい』との声もありましたが、まだまだコロナ禍。主催する立場としてオンラインを選択しました。」

もともとエルゴ大会は2019年と2020年に埼玉県川口市・ララガーデン川口で行われた。2021年も同所での開催を予定していたがコロナで中止。この時期、ほとんどのイベントが中止に追い込まれた。江盛氏は大会を開催する方法を何度もスタッフと検討。オンラインエルゴ大会に踏み切った。

「オンライン大会を決めたものの、全国をオンラインで繋いだ大会なんてやったことがない。準備を進める中で『本当にできるのだろうか?』と常に自問自答しましたね。でもコロナで今まで開催していた大会が軒並み中止。

辛い環境の選手たちに対して『何かできないか…』と強い使命感を持って臨みました。もちろん参加された皆さん色々な意見があると思います。でも『コロナでも諦めなければ大会が出来るよ』と提案したかった」

先が読めない状態でスタートしたオンラインエルゴ選手権大会だが、参加者から「カヌーの主要大会は春から秋。オフシーズンである冬場にキツイ基礎トレーニングが続き選手のモチベーションが上がりにくい。エルゴ大会があることで『その大会に向けて頑張ろう』と思う」「オンライン大会のため、遠征費がかからなくて助かる」といった意見が多数届いた。

過去2回のオンライン大会の課題と向き合い、競技の改善に取り組む

これまでオンラインエルゴ大会を2度開催したカヌーホーム。オンラインで各会場を繋ぎ、どこからでも参加できるのが魅力でありメリットだ。しかしオンラインでのデメリットも存在する。江盛氏は3回目を迎えるにあたり大きな目標が2つあるという。

「『競技としてやる以上、キチンとランキングをつけること』。オンラインの弱点として『一緒に競っていることを共有しにくい点』があげられます。また同じエルゴ機を使うわけではないので『各エルゴ機の性能の差がタイムに影響を与えてしまう』という課題があります」

第2回オンラインエルゴ選手権大会の模様

「ですから今回の大会は目線を変えて『自分との戦い』にフォーカスしエルゴ大会に出場していただければと考えています。もちろん1位・2位と順位を決めて表彰はします。ただこれまでのように優勝者に優勝賞品ではなく、順位関係なくジャンケン等で賞品を分配して誰でももらえるチャンスがあるようにしようと思います」

カヌースプリント競技は着順を競う。だが「どれだけ速く漕げるか」、自分自身の肉体と向き合い、己の可能性を追求するスポーツである。だからこそオンラインエルゴ大会もオリンピック精神のように「勝つことではなく、参加することに意義がある大会」を目指す。

「そしてもう1つ、前回上がった声で『オンラインで日本全国様々な地域から参加しているので地域や選手間で交流を持ちたい』という意見がありました。ですから各拠点の練習場所や選手同士交流を持てる時間を提供したいと考えています」

第3回大会の拠点となる加古川市立漕艇センター

将来的には全国各地をオンラインでつなぎ、カヌーの普及につなげたい

開催拠点を、これまでの愛知県から兵庫県加古川に移し行われることになった第3回大会。第2回大会の参加者は、当初250名前後を予定していたがコロナのオミクロン株が流行し感染者数が増加。大会直前で棄権する方々が増え最終的に参加者は150名だった。

今回は現時点でオンラインでの参加者が250名、加古川会場で60名近くの参加者が予想され、過去最大300名を超える参加者になるかもしれない。参加者が年々増加する中、将来のビジョンを江盛氏に聞いた。

「現在、各地域、学校の体育館等を利用し大会に参加してくださっています。これを各地のショッピングモールで開催すると参加者以外の人たちに知ってもらえる可能性もあります。買い物に来た人がエルゴ大会に参加しカヌーに触れていただくキッカケになります。ただ運営費等の問題もあるので、それらをクリアできれば将来的に開催したいですね」

コロナ禍でリアルイベントからオンラインへ方向転換したエルゴ大会だが、未来の展望は明るい。そして今回、東京オリンピック カヌースプリント競技・カヤックフォア(K-4)の日本代表 藤嶋大規氏が参加を予定している。エルゴ大会にオリンピック日本代表選手が参加するとなれば、他の選手のモチベーションも上がる。

藤嶋氏は現在、自衛隊体育学校に所属しコーチスタッフとして後進の育成に当たっている。今回、藤嶋氏に生い立ちからオリンピック出場、そして今後について話を伺った。

練習中の藤嶋選手の様子

ロンドン五輪・東京五輪カヌー日本代表選手・藤嶋大規 カヌーとの出会い

藤嶋氏は1988年5月に山梨県富士河口湖町で生まれた。父母、兄と妹の5人家族。実家の周りは何もなく人より牛の数の方が多かった。

山梨県の富士五湖は小学生の全国大会、高校選手権やインターハイなど様々なカヌー競技の大会が開催された。藤嶋少年にとってカヌーは身近な存在。小学4年生の時、友達と一緒に上九一色カヌークラブに加入した。

「進学した中学校は部活の選択肢が少なかった。球技をやりたい人はバレー部。スポーツが苦手な人は文化部。もう一つがカヌー部でした。自分は小学校でカヌーをしていたので、なんの迷いもなくカヌー部に入りました(苦笑)」

藤嶋氏がカヌー選手として頭角を表したのが、身長もグングン伸び始めた高校2年生の夏。初めて全国高校選手権で優勝した。

「優勝したのは身長が伸び始めたのもありますが、1つ上の先輩にナショナルチームに選ばれた渡邉秀幸さんがいて金魚のフンのようについて回り練習していたんです。漕ぎ方をはじめ様々なことを学びました。気がついたら、いつの間にか優勝していましたね。

ただ僕が優勝した大会は、先輩たちが同じ時期に開催された世界ジュニアに出場し不在。ラッキーな優勝だといえばその通りです。でも僕が優勝するなんて誰も予想しなかった。もちろん自分も思っていなかったですし(笑)」

その後、立命館大学に入学。19歳でナショナルチームに選出。すぐに北京オリンピック予選が始まったが「出場は難しい」と感じていた。なぜならカヌースプリント競技は国内枠がないため、オリンピックに出場するには世界選手権で出場枠を獲得するか、アジア大陸予選で優勝するしかない。

大学生の藤嶋氏にとって北京オリンピックの大陸予選に出場できたこと以上にナショナルチームの選手と一緒に合宿できたことが大きな収穫だった。

カヌースプリント 男子カヤック、28年ぶり悲願のオリンピック出場

藤嶋氏は2011年ロンドンオリンピック アジア最終予選会を兼ねたアジア選手権に松下桃太郎選手とカヤックペアで出場し見事優勝。男子カヤックとして28年ぶりに2012年ロンドンオリンピック出場権を獲得した。

「予選の時、相方の桃太郎さんがギックリ腰になったり色々とハプニングはありましたが、自信を持ってレースに臨むことができました。それまで男子カヤックは本当に海外大会で勝てなかった。アジアで勝てたことでみんなが喜んでくれたし、夢だったオリンピックに出場することができて本当に嬉しかったですね」

2014年仁川アジア大会は松下選手と組みK-2 200 mで出場、2連覇がかかった大会だった。藤嶋氏はプレッシャーに打ち勝ち見事優勝、2連覇を達成した。

東京オリンピックに臨む藤嶋選手

「ただリオオリンピック予選は全選手負けてしまいました。試合で使用するはずのカヌー艇が届かなかったのです。日本チームだけでなく他の国のカヌー艇も。それで『アジア大陸予選は行わない』と1度決まりました。しかし翌日『やっぱり開催する』と前日の発表内容が変わった。そんな状況に振り回されメンタルが落ちました。でも各チーム条件は同じ、結果として自分たちが弱かっただけです」

2020年は自国開催の東京オリンピック。しかし藤嶋氏は「リオに出場して、いよいよ東京」とプランを思い描いていただけに気持ちの切り替えが難しかった。

だが藤嶋氏は「アスリートとして自国で開催するオリンピックに参加できるチャンスは奇跡」と考えた。これが他国での開催だったら選手人生を終えていたかもしれない。そしてもう一つ大きな理由があった

「東京オリンピックの時、長男が6歳。運動会で頑張っている姿を見せられるパパはいても、オリンピックで頑張っている姿を見せられるパパはなかなかいない。子供の存在も大きかったですね」

自国開催の東京オリンピック出場。しかし想定外のコロナで1年延期に

2019年東京オリンピックの出場権を賭け、ハンガリーで世界選手権が行われた。藤嶋氏は水本圭治選手,松下桃太郎選手,宮田悠佑選手と組み男子カヤックフォア(K-4)に出場。全体12位となり東京オリンピックの出場枠を獲得した。

「4人でレースを行うカヤックフォア(K-4)は世界選手権しか選考がなくチャンスは1度きり。今までの大会でチームが1番ピリピリしていましたね(苦笑)」

その後、コロナ禍になり東京オリンピックが1年延期。2020年当時32歳の藤嶋氏は2019年の勢いそのまま東京オリンピックを迎えたかった。

「カヌーは冬の練習を乗り切るのが大変なんです。『またあの練習を経験するのか…』と考えると気が重くなりましたね(苦笑)。年齢を重ねると勢いがなくなります。『あれ、1週間でこんなに疲れていたかな?』とか以前との回復力の違いを如実に感じます。ただそこは『あと1年練習できる時間が増えた』と頭を切り替えました」

日々、自分の肉体と向き合いながらタイムを縮める努力を積み重ねるカヌー選手。「1年の延期」は藤嶋氏に重くのしかかった。

「『1年延期になった東京オリンピックでのレースで自分たちのベストパフォーマンスが出せたか』と問われたら、正直出せなかった。ベストパフォーマンスを出さなければいけなかったけど、悔しい気持ちの方が大きいですね」

藤嶋氏が東京オリンピックでやり残したことと引退後の進路について

東京オリンピックから約7ヶ月経過し、藤嶋氏はTwitterで引退を表明した。なぜオリンピックから7ヶ月経ったのか?

「次のオリンピックのことは全く頭になかった。出場が決まった時、『東京オリンピック、子供たちの前でカヌーを漕いで引退』と考えました。でも無観客で選手としての姿を子供たちに見せることができなかった。10月に所属先の自衛隊体育学校に行き、みんなと練習したら「このまま引退するのは違う。やっぱり子供たちの前でカヌーを漕いで終わりたい」と思いました。2022年3月に香川でカヌースプリント海外派遣選手選考会が行われるので、『結果は何着でも良い。子供たちの前でカヌーを漕いで終わろう』という気持ちになりましたね」

藤嶋氏は現在、自衛隊体育学校でカヌーのコーチスタッフとしてU-23の選手を2人指導する。また全国の自治体から「講習会をして欲しい」と依頼されるケースも増え学生を指導する機会も多くなってきた。今後は自分の学んできた技術等、日本カヌー界の未来に役立つよう協力したいと考えている。

「指導者として新人ですのでコーチの資格を取得し勉強しながらになります。将来的にはオリンピックのメダリストを育てるのを目標にしています」

コーチスタッフとして活動する藤嶋氏は、選手として出場する今回のオンラインエルゴ大会を楽しみにしている。そのためオンラインではなく自宅のある埼玉県から兵庫県加古川の漕艇センターに遠征し参戦する。

「モチベーションを上げるため、加古川に行きます(笑)。出場するからには優勝目指して年明けから追い込んで頑張っています。でも久しぶりに大会の雰囲気を思いっきり楽しみたいと思います。ですから参加される選手の皆さん、一緒にエルゴ大会を楽しみましょう!」

日本におけるカヌー競技の発展のため、今回のオンラインエルゴ選手権大会が盛況に終わることを期待して止まない。
<おわり>

(取材/文:大楽聡詞、取材協力/写真:一般社団法人カヌーホーム、藤嶋大規)

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