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筑波大で学ぶ意味「研究を野球に活かす」粘り強い野球の背景にあるもの

 国立である筑波大の硬式野球部には、100人以上の部員がいる。その中で、推薦合格者は毎年わずか3人。残りは、高い学力が必要な筑波大で野球をやるため、高校野球を引退後に猛勉強をして合格を勝ち取った一般入部の部員だ。その集中力、粘り強さは「筑波野球」の特徴でもあり、それが首都大学野球1部リーグで長く戦い続けられる理由でもある。また入学後の学業で、野球に活かす研究をしている部員が多いのも興味深い。

 先日まで行われていた春季リーグ戦で、筑波大は8勝5敗・勝ち点3・3位という結果だった。チームの優勝は成らずとも、村上滉典投手(4年・今治西/初選出)、生島光貴三塁手(4年・県立福岡/初選出)、宮澤圭汰遊撃手(1年・花巻東/初選出)、石毛大地外野手(4年・相模原/2回目)と4人がベストナインに選ばれた。苦しい試合も多かったが粘り強く戦い、記憶に残る大逆転劇も見せた。

 今回は、試合の振り返りだけではなく、筑波大へ進学した理由や、大学でどんなことを学んでいるかなどにも焦点を当て、リーグ戦で活躍した選手たちを取材した。

大逆転劇を演出した守備職人

 2023年の春季リーグ戦は、東海大との戦いから始まった。1回戦に勝利し、良いスタートが切れたかに思えたが、2回戦は0-0で延長戦に突入、タイブレーク方式(10回より無死一、二塁・継続打順)で11回に2点を取られ0-2で完封負けとなった。(※3回戦は雨天中止となり、リーグ戦終盤に行われた)

 2週目の明治学院大1回戦はサヨナラ負け、2回戦は、雪辱を果たすサヨナラ勝ちで1勝1敗とした。ところが、次週に行われた3回戦では、延長11回でまたもやサヨナラ負けを喫し、勝ち点を落としてしまった。

 勝っても負けても終盤までもつれる苦しい戦いが続く中で、迎えた3カード目の桜美林大1回戦。先制したのは筑波大だったが桜美林大に逆転を許し、9回表の攻撃を迎えたときには、3-9の6点ビハインドとかなり厳しい状況だった。ところが、9回表に登板した相手投手が四死球を連発。最終的には、2安打6四死球で7点を挙げ逆転勝利となった。2001年春から指揮をとってきた川村卓監督も「長く監督をやらせてもらっていますが、こんな勝ち方は初めてです」と頭を掻きながら笑った。

守備職人の佐藤耕平が大逆転劇を演出

 最後に試合を決めたのは、代打の佐藤耕平内野手(4年・弥栄)だった。下級生のころからベンチ入りをしている佐藤は、スタメンに名を連ねることもあるが、主に一塁の守備固めで試合終盤に出場する選手だ。この試合も、9回裏から守備で出そうと考えていた川村監督だったが「相手が左ピッチャーだったので、右バッターで(球を)捉えられればと思いました」と、9回表、2点差に迫った2死満塁の場面で代打・佐藤を告げた。その結果が、左中間への逆転の3点適時二塁打だった。川村監督は「一番努力している、一生懸命やる選手なので、そういう選手が打ってくれたのが余計に嬉しいですね」と、佐藤の活躍を喜んだ。

 佐藤自身は、こう振り返った。「自分で(試合が)終わらないようにと、もう必死にやりました。うしろにちゃんとつなごうと思っての結果だったと思います。(打った瞬間は)レフト捕るな、越えてくれ! と思っていました(笑)。大学に入ってから、タイムリーを打ったのは初めてだと思います」。

 そんな佐藤は、他の一般受験組と同じように「高校野球を引退してからは、勉強、睡眠、食事しかしていない日々」を送って、筑波大に合格した。「高校は公立高校で全国大会に行けなかったので、全国大会に行ける大学に入りたいと思っていて、その中でも筑波は僕が入学する前(2018年)に全国(明治神宮大会)に出て活躍していたので憧れました」と、受験した理由を話す。

 今まで、今回の決勝打のような派手な活躍はなかったが、ずっとベンチ入りできているのはなぜだろうか。佐藤は「つなぐ役割や、チームの中で足りていないところを自分で見つけてしっかりカバーしてきたからだと思います」と分析する。今後も「縁の下の力持ち」でチームを支え続けるのだろうが、また主役となって、あの喜びに溢れた笑顔を見せてくれることにも期待したい。

3シーズン出場し打率.350、安定感抜群の男

 昨年春のデビュー以来、ずっと結果を残し続けているのが生島光貴内野手(4年・県立福岡)だ。昨年は春秋合わせて打率.338という成績を残し、12月の侍JAPAN大学代表候補強化合宿にも招集された。この春はさらに進化し、打率はリーグ2位の.370でベストナインにも選ばれた。本塁打こそないものの広角に打つことができ、内野安打も多い。さらに、三塁の守備も安定しているという走攻守揃った選手だ。

指揮官も頼りにしている生島

 川村監督も「安定した力を発揮してくれるので、ずっとレギュラーで使っています。何よりも素直なところが一番いい」と生島を高く評価しているが「見てわかる通り、ちょっとおとなしいやつなので、もうちょっと元気を出して欲しいなと思いますね(笑)。彼の能力からすると、自分を出していけばまだまだいけるはず」と、更なる活躍にも期待している。確かに取材のときも、笑顔は見せるが声は小さめで穏やかな印象だった。

 そんな生島は、筑波大OBである恩師の福岡県立福岡高校・小森裕造監督にすすめられ、筑波大受験を決めた。1年浪人することになったが「僕が入学する前には、篠原涼内野手(現ENEOS)、加藤三範投手(現ENEOS)、佐藤隼輔投手(現西武)などのスター選手が活躍していて、国立なのに野球を頑張っていて強いんだと魅力を感じました」と、その思いは揺るがなかった。

 入学してから2年間は、なかなか結果が出ずに苦しんだが、今自分にできることを考えコツコツと取り組んだ。その甲斐あって、3年春からリーグ戦に出場。12月には侍JAPAN大学代表候補強化合宿に招集された。「自分が選ばれると思わなかったので、驚いたのが率直な気持ちです。でも、選ばれたからにはしっかり頑張ろうという気持ちで行ってきました」。

 選りすぐりの選手たちに囲まれ、特に、東洋大の細野晴希投手(4年・東亜学園)、明治大の上田希由翔内野手(4年・愛産大三河)や宗山塁内野手(3年・広陵)のプレーに衝撃を受けた。「みんなレベルが高くて、話してみても話の内容が濃くて、ひとりひとり考えてやっているんだなというのを感じました」。他の選手たちに圧倒された部分もあったが、紅白戦では適時打も放ち、バッティングにおいては「自分でも通じる」と思える強みも自覚できた。

 侍JAPAN大学代表候補ともなると、150キロ超えの強いストレートを投げる投手が多くいる。それを捉えきれなかったという課題に対しては「体重移動のときにうしろに頭が動いてしまうという無駄な動きがあって、その分遅れてしまっていたので、川村先生からいろいろと助言をいただいて改善しました。でも、僕はそれでタメを作っているというのもあるので、そこはバランスを考えてですね」と、すぐに調整した。

 そうして迎えた今春のリーグ戦。順調に安打を重ねていき、日体大1回戦では10回裏にサヨナラ打も打った。好不調の波がなく安定した成績を残せていることについて、生島はこう話した。

「試合では(バッティングの体勢が)崩されるので、すべてがいい打席ではないですけど、試合が終わったあとに状態を整える練習がしっかりできているので、それが毎試合の打席につながっているのかなと思います。打つときのポイントがいくつかあって、ティーでひとつずつ確認していきます。前からトスを投げてもらって、ポイントでしっかり捉えたらいい打球が飛んでいきます」

 淡々と自分のやるべきことをこなす生島は、4年生になった今、卒業に必要な単位もほぼ取り終えており、残りは研究している「体育心理学」の単位のみだそうだ。「試合中のメンタルであったり、ボールを追う目の動きなども心理学で学べるんです」と、学んだことを生かして打席に立つ。

筑波大が誇る投手たち

 この春のチーム防御率1.95は、優勝した日体大に次いで2位。平均水準の高い投手陣の中で、ふたりの投手が規定投球回を投げた。

 開幕戦の先発を任された寺澤神投手(4年・鳥栖)は、先発に中継ぎにとどこでもきっちりと役割を果たすチームの中心選手だ。ここまで先発、中継ぎ合わせて21試合に登板しており、6勝0敗 防御率1.78という成績。実は一度も負け投手になったことがない。この春は珍しく、先発して2回1/3 5失点と大崩れした試合があったが、このときもチームは逆転勝利。

 寺澤の「神(じん)」という名前は「〇〇の神様と呼ばれるくらいの人になって欲しい」という願いを込めてつけられたそうだ。そろそろ「不敗の神様」と呼ばれてもおかしくはない。

どんな役割もこなす寺澤(2022年秋撮影)

 今の時代は、自分でいろいろな動画を見て野球に役立てる選手が増えているが、寺澤もそのひとりだ。それ以外に、筑波大の教授の被験者となり、動作解析をしてもらったこともあるという。改めて、大学の研究の手伝いをすることが自分のためにもなる、という環境は筑波大で野球をするメリットのひとつだと言えるだろう。

 ゼミで自ら動作解析などを研究しているのが、この春リーグ2位の防御率1.37でベストナインに選ばれた左腕、村上滉典投手(4年・今治西)だ。ゼミでの研究テーマを問うと、まるで就職面接かと思うほど、丁寧な口調でスラスラと要点のまとまった説明をしてくれた。

「スポーツバイオメカニクスを専攻しておりまして、スポーツの競技動作、僕であれば投球の動作を分析、数値化してコーチングにつなげたり、あとは練習にも科学的なアプローチをということで、数値を使いながら技術向上を果たしてきました」

 村上の醸し出す独特の雰囲気に興味が湧き、研究とその実践についてさらに詳しく説明を求めると「まず、数値ということに関しましては、ラプソードなどをうまく使いながら自分の得意な球種であるカットボール、スライダーをどんどん磨けるように、日々数値を見ながら投球しています。スポーツバイオメカニクスに関しましては、自分の投球動作と、自身が目指すプロ野球選手の動作をしっかり分析して、そこに近づけられるように日々研究しています」と、言い淀むことなく答えてくれた。「自身が目指すプロ野球選手」というのは、横浜DeNAベイスターズの左腕、東克樹投手だそうだ。「投球術であったり、投げているボールも似ていますし、いろいろ考えながら投げているピッチャーなので参考にしています」。

 話し方から聡明さがにじみ出ている村上だが、高校時代の話を聞いて、そのストイックさにも驚いた。村上が通っていた今治西高校は野球の強豪校だが、進学校でもある。野球の練習に関しては「学校がある日も朝5時から練習して、夜は11時くらいまで練習して、また次の日も朝練があって、と結構ハードな毎日を過ごしていました。(練習の内容は)ランメニューは必ず1時間はありますし、ノックも普段から圧力をかけながらやっていました。日本一と言っていいくらい練習してきたので、精神的にも体力的にも自信はあります」と、勉強どころか寝る時間もないのではないかと思うスケジュール。実際、睡眠時間は毎日5時間ほどだったという。

 そんな日々を過ごしながら、村上は「自分の技術向上に科学的なアプローチができるというところで、競技能力がもっと上がったり、いろいろな知見が磨かれるかなと思いました」と、高校に入学したころからずっと、筑波大に進学したいという強い気持ちを持ち続けていた。そのために、ハードな毎日を送る中で勉強の時間を捻出した。「自分自身、文武両道を大切にしてきたので、勉強をおろそかにしないようにはやってきました。電車通学だったので電車での30分や、授業の間の休み時間、昼休みで予習・復習をしていました」。結果的に、一般受験をすることなく3名の推薦合格者のうちのひとりとなった村上は「すごく嬉しかったし、ワクワクした気持ちでいっぱいでした」と、入学が決まったときの気持ちを振り返った。

スポーツバイオメカニクスを研究しているエース・村上

 念願だった筑波大での日々が始まり、2年秋にはリーグ戦デビューも果たした。順調に成長してきたかに見えたが、そうではなかったという。「1,2年生のときに、急激に球速を上げたり回転効率をいじったりしたことで、投球障害のイップスになってしまいました。僕は『正しい努力をする』をすごく大切にしているので、自分の考えも大事ですが、監督やトレーナー、大学の教授などにアドバイスをもらい、周りの人に助けてもらいながら練習をしました。2年生の秋、リーグ戦デビューをしたときは、まだまっすぐとスライダーでどんどん押していくピッチングしかできなかったのですが、3年生の春くらいからいい感じで投げることができるようになりました」。

 4年生となった今春のリーグ戦は、2月の初旬に左肘の内側側副靭帯損傷と診断され1ヵ月半投球ができなかったため、ぶっつけ本番のような形での先発登板となった。開幕週の東海大2回戦は3回無失点と短いイニングで降板したが、肘の心配がなくなってからはイニング数も伸び、桜美林大2回戦では119球を投げリーグ戦初完投初完封、次の週の武蔵大1回戦で120球2失点完投と、完璧な投球でチームに勝利をもたらした。

 リーグ戦最終週は教育実習期間中の選手が何人かいたのだが、村上もそのひとりだった。平日に教育実習をこなし、日曜日の日体大2回戦で先発登板。次の日からまた教育実習に戻った。教育実習の先生が実は野球部のエースだと、生徒たちは知っていたのだろうか。

 取材中、村上の話を聴きながら、頭の中で「投げる哲学者」ならぬ「投げる研究者」という言葉が浮かんでいた。今回書ききれなかったことも含めて、また改めて取材して記事にしたいという思いに駆られた。

スタンドとの一体感、新戦力への期待

 筑波大野球部の今年の推薦合格者は、宮澤圭汰内野手(花巻東)、田代旭捕手(花巻東)、松永陽登外野手(日大三島)の3人だ。3人とも1年生ながら今春のリーグ戦に出場。特に宮澤は、開幕戦に九番・ショートで出場してからシーズンを通して出続け、ベストナインにも選出された。

 花巻東高校の主将で四番だった田代は、高校通算52本塁打。将来の四番候補であり、強肩で守備への期待も高い。日大三島高校ではエースで四番だった松永は、外野手登録。今後、外野手としてどう成長していくか楽しみだ。

主将の西浦が満塁本塁打を打ったときは、ベンチもスタンドも大盛り上がりだった

 そして、今年から声出し応援ができるようになり、各チームの応援も盛り上がっている。筑波大のスタンド応援にも大注目だ。西浦謙太主将(4年・府立八尾)が「スタンドで応援している人も含めてみんなで勝ちを取る」と言っている通り、一体感のある応援がグラウンドの選手たちを後押ししている。

 応援歌のレパートリーが多く、選手ひとりひとり違う曲が聴けるところもいい。日本の伝統的な曲「さくらさくら」をチャンステーマに使っているが、高揚感を覚えるアレンジでとても盛り上がる。また、実際に応援している様子を録画して、筑波大野球部のYouTubeチャンネルに字幕付きで公開しているため、誰でも見て覚えることができる。

 そんな応援を背に「ずば抜けている選手はいないけど、粘り強く、泥臭く、うしろのバッターにつないで、最後には相手よりなんとか1点上回っている野球を体現していきたい」、そう生島は話した。

 今年のスローガンは「共創」。グラウンドとスタンドが一体となって、貪欲に1点を狙っていく。

好きな時に好きなだけ神宮球場で野球観戦ができる環境に身を置きたいと思い、OLを辞め北海道から上京。 「三度の飯より野球が大好き」というキャッチフレーズと共にタレント活動をしながら、プロ野球・アマチュア野球を年間200試合以上観戦する生活を経て、気になるリーグや選手を取材し独自の視点で伝えるライターに。 大学野球、社会人野球を中心に、記者が少なく情報を手に入れづらい大会などに自ら赴き、情報を必要とする人に発信することを目標とする。

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