「球数制限」と投手のリスク

広尾晃のBaseball Diversity:20

投手は「投げすぎ」によって、肩ひじに様々な障害が起きるリスクがある。それは投手本人の能力やチーム事情、対戦相手などによって大きく変化する。これを状況別に見ていこう。

Ⅰ 力量差、投打バランスの問題

野球は投手の球を打者が打つ競技だ。投打の関係が「投球数」にも大きく影響を与える。またチーム同士の力量差や投打のバランスなども、球数を大きく左右する要因だ。

Ⅰ-1 投手の力量が打者を大きく上回る場合、球数は減少し、打者が投手を大きく上回る場合球数は増加する傾向にある

投手の力量が打者を大きく上回り、いつでもストライクが取れて、安打を打たれる可能性が低い時は、投手は初球から思い切ってストライクを投げ込むことができるので、効率の良い投球ができ、球数は原則として減る傾向にある。力投しなくても有利な勝負ができるために、投手の肩ひじへの負担は軽いことが多い。

反対に、打者のレベルが投手よりも上の場合、投手は警戒してきわどいコースを狙うことが多いので、球数は増える傾向にある。打者は好球必打でじっくり投球を見極めることもできる。また力量差がある場合、打者はファウルを打つことも容易になるため、球数が増える。投手は力投が増えるため、肩ひじへの負担が増える。

Ⅰ-2 長距離打者と対戦した時の方が球数が増える傾向にある

単打よりも長打の方が得点に結びつく可能性が大きいため、投手は長距離打者には慎重に投げるようになる。このため球数が増える傾向にある。走者が得点圏にいる場合には、投手は長距離打者との勝負を避けることが多くなり、四球を出すことが多くなるので投球数が増える。

反対に、好打者であっても長打が少ない場合は、投手は安心して攻めることができるので、特に走者がいないケースでは球数は減少する傾向にある。

Ⅰ-3 チームの力量差が大きい場合、弱いほうのチームの投手は球数が増える傾向にある

チームの力量差がある対戦の場合、強力打線の打者は安打を打ち、得点を重ねるためになかなかアウトにならない。当然ながら弱いほうのチームの投手は球数が増える。同時に長距離打者が多い打線に対して投手は勝負を避ける気持ちが生じるため、余計に球数が増える傾向にある。

高校野球地方大会など、コールドゲームが導入されている試合では、力量差のあるチームの対戦でワンサイドゲームになっても球数は抑制されることもあるが、強いチームが早い回でのコールドゲームを狙って初回から攻勢に出るため、大量点になり短いイニングでも相手投手の球数がかさむこともある。

地方大会の1回戦、2回戦ではコールドゲームでも20点差以上になって、負けたチームの投手が100球以上投げることも珍しくない。

Ⅰ-4 打高投低の大会、リーグの方が投手の球数は増える傾向にある

大会、リーグなどが、投打の力量差や使用するバット、ボール、球場のサイズなどの要因で打高投低に強く傾いている場合、打撃戦が多くなり、投手の球数は増える。

高校野球では1974年夏の甲子園から金属バットが導入された。直前の同年春の甲子園では29試合で1本塁打だったが、夏の大会では33試合で11本塁打に急増した。これによって投手の球数も増加している。

2018年の夏の甲子園は55試合で51本塁打、2019年春は35試合で20本塁打。2022年夏は48試合で28本塁打。打高投低は昔と比較にならないほど進行している。甲子園は極端な「打高投低」に傾いているため投手の球数は増える傾向にある。

Ⅰ-5 大量点を狙う相手よりも、小刻みに加点する相手の方が、投手の球数は増える傾向にある

本塁打、長打で大量点を狙おうとする打線は、成功すればビッグイニングを作り、投手の球数も増えるが、そうでなければ淡白な攻撃になり、球数は増えない。

一方で走者が出ると送ったり進塁打で小刻みに加点しようとする相手の方が、作戦は複雑になり、投手の球をじっくり見極めるので投手の球数は増える。また塁上の走者を警戒する必要があるため、牽制球も増えて、投手の負担が増える傾向にある。

対戦相手によって投球ストレスは異なる

Ⅱ 投手の個性、投球タイプの問題

投手の個性、特性、投球のタイプによっても球数は大きく変動する。

Ⅱ-1 奪三振が多い投手は、打たせて取る投手よりも球数は増加する傾向にある

打者との力量差があっても、その投手が「奪三振」にこだわりを見せる、いわゆるパワーピッチャーである場合、球数は増加する。三振は打者一人に対し少なくとも3球は投げる必要があるため、球数は増加しやすい。またパワーピッチャーは速球主体で投げ込むため、肩ひじへの負担は大きくなる傾向がある。

反対に打たせて取るタイプの「軟投型」の投手は、1球で相手をしとめることもできるので球数は少なくなる。タイミングを外すような緩いボールを投げることも多いので、パワーピッチャーに比べて肩ひじへの負担は軽くなる傾向にある。

Ⅱ-2 制球が良い投手は球数が減少し、悪い投手は球数が増加する傾向にある

当然の話だが、コントロールが良い投手はストライクが先行するので打者と有利に対戦することができ、球数を減らすことが可能になる。ストライクが先行すると打者は追い込まれないうちに打とうとするので早打ちになる。反対にコントロールが悪い投手は、ボールが先行するので球数が増える。打者も好球を待ってじっくり粘るようになる。

Ⅱ-3 球種が多い投手は球数が増加する傾向にある

多彩な変化球を持つ投手は、配球が複雑になり、球数が増加する傾向にある。打者は、変化球が多い投手の場合、球種をじっくりと見極めようとするので、早打ちを控えるようになる。また捕手も多彩な球種を使って打ち取ろうとするので、1球勝負、3球勝負でなく、球数をかけて勝負しようとすることが多い。

変化球の中には、スライダーやフォークのように、速球以上に肩ひじへの負担が大きい球種もある。

Ⅱ-4 先発投手より救援投手の方が球数が増加する傾向にある

これは一般論だが、救援投手は先発投手より、より緊迫した状況でマウンドに上がることが多いため、球数が増加する傾向にある。救援投手自身も、対戦する打者数が少ないため、効率的に打ち取るよりも慎重に打ち取ることを心掛けるため、球数は増加する傾向にある。

投球タイプによっても投手の負荷は異なる

Ⅲ その他の要因

球数が増加する要因には、対戦相手の力量や投手の力量、個性以外にも様々な要因がある。

Ⅲ-1 ストライクゾーンの判定が厳しい球審の場合、投手の球数は増加する傾向にある

きわどい球を厳格に判定し、ボールをコールすることが多い球審の場合、投手の球数は増加する。打者も慎重にボールを見極めるようになる。反対にどんどんストライクをコールする審判の場合、打者も早打ちになり、球数は減少する。

Ⅲ-2 味方の守備力が低い場合、球数は増加する傾向にある

味方の守備力が低くて、失策が多い場合、当然ながら球数は増加する。直接的な失策による球数増加に加えて、投手がバックスを信用できないと判断した場合、打たせて取るよりも三振でアウトにしようとするため球数が増加しやすい。

Ⅲ-3 投球数を意識する指導者がいるチームの投手は球数が減少する傾向にある

投手の投球数には1イニング当たり15球という目安がある。これを意識し、自軍の投手がどんなペースで投げているかをチェックしている指揮官は、ペース配分や配球などについて投手に的確なアドバイスができるため、投球数を減らすことができる。

投手も自身の投球ペースを知ることで投球内容を調整することが可能になる。

「球数制限」を導入しなくても、投球数をグラウンド内に表示したり、アナウンスすることである程度の「球数削減効果」が期待できる。

指導者、そして選手はこうした客観的な事実や傾向を認識して、投手の肩ひじへの負担を軽減するために努力をすべきだろう。

指導者は様々な状況に配慮する必要がある

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