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アイスホッケー・安藤永吉(東北フリーブレイズ)「断固たる決意で挑むプロ2年目と日本代表への思い」

アイスホッケー(以下IH)選手・安藤永吉(東北フリーブレイズ)がアジアリーグ1年目を終えた。

プロ入り前年の大学4年時に大けがを負うも克服、直後の冬季ワールドユニバーシティゲームズ(以下ユニバ)で自身初の日本代表入りも果たした。激動となったこの1年を振り返ると共に、今後への思いや覚悟を語ってくれた。

「疲労感などは感じませんでした。シーズン中は試合間隔が1週間ほど空きますので、しっかりケアや調整する時間がありましたから」

プロはアイスホッケーのみに集中できるため、疲労感はさほど感じなかった。

安藤は法政大卒業後の昨季から、東北フリーブレイズ(以下フリーブレイズ)でプレーしている。プロ1年目2023-24年シーズンは26試合出場、2ゴール、3アシストで5ポイントの成績を残した。

「年間32試合、あっという間に終わった感じです。チームの結果(リーグ3位)には悔しい思いはあります。個人的にも環境が変わり新鮮ながらも勉強となった1年でした」

公称身長174cmと身体は決して大きくないが、運動量豊富なオフェンスとして将来を期待されている。

1月13日の横浜GRITS戦(八戸)でアジアリーグ初ゴールを挙げた。

~プロは試合に出ないと何も始まらない

青森県八戸市が本拠地のフリーブレイズは、2008年のチーム発足からアジアリーグ3回、全日本IH選手権2回の優勝を誇る。しかし2022-23年はリーグ6位に終わるなどチームは過渡期に入り、安藤にとってもチャンスは多いと思われた。

「シーズン前半の6試合はベンチ入りしても試合出場機会がなかった。僕は4セット目の選手でしたが出場しても1試合5-6プレーくらい。プロは試合に出ないと始まりませんので悔しかったです」

「常にやるべきことはしっかりやろうと思いました。試合に出られないことに不満を持ち腐ったりしたら上にいけません。大学1年時も最初の大会はベンチ外でしたが、そこから頑張って主力になれましたから」

「言い訳ではないが、自分を納得させる意味でも『一年目だから仕方ない』と言い聞かせ前向きに練習してきました」と語る声は力強い。リーグ後半戦は出場機会も増え、ポイントにつながるプレーが増えた。

地道なレベルアップを続け、シーズン終盤には出場機会とポイントが増えた。

~「足が速い」アジアリーグでは判断力をあげることが重要

IH界の名門・駒大苫小牧高(北海道)から法政大を経てフリーブレイズ入団。大学では主将を務め、2023年ユニバ(米国・レークプラシッド)では日本代表にも選出された。

「フリーブレイズ入団当初は『やばい、何もできない』と感じました。技術、フィジカル、戦術など全てでレベルが高い。でもフィジカル面が通用することだけはわかってきました」

「プロは全てのプレーにスピードがある。余裕を失って練習でできることが試合で出せなくなりました。他選手を見ると考え方に幅がありプレーの選択肢が多いです」

最初は戸惑いも多かったが時間と共に慣れてきた。またユニバでの経験が「プロにアジャストするためのヒントになっている部分もあった」という。

「最初の頃は『早く何とかしないと』と常に思っていた。プレースピードに少しずつ慣れて余裕が出ることで普段の実力も出せるようになってきました」

「アジアリーグの選手は足が速い。リンクもユニバの時より広いのにプレッシャーがきついため、アジャストの必要性を感じて備えていきました」

プロのスピードの中でも余裕を持ってプレーすることを考えている。

~プロは身体も頭も起きた状態で練習へ打ち込める

リンク外での生活も一変、「大学時代とは異なりIHのみに集中できる環境が嬉しい」と語る。

「プレー環境が全く違います。大学時代は勉強もあるしバイトをしたこともあります。IHだけを考えられるのは本当に幸せなことです」

プロ契約のためIH漬けの生活を送る。基本は朝8時半から氷上、その後の陸上トレーニングを行い午前中で練習は終了。午後は休養や身体のケア、個人練習のほか、チームの地域貢献活動(=TSR)に参加する。

「学生時代は朝4時からの練習が当たり前。寝起きでアップも充分にできない状態でメニューをこなすだけのような感じでした。今は身体も頭もスッキリ起きた状態で練習できます」

~大学時代は食事やお金の心配をしていた

現在は一人暮らしをしているため食事は自炊や外食で賄っている。

「法政大の寮時代も自炊でしたが疲れると面倒くさかった。今は時間があるので食事の作り置きなどもできるので問題ないです」

「大学によっては寮母さんがいて食事を用意してくれるところもある。そういう寮は羨ましいと思います。法政大もいつかそうなれば良いな、と改めて思いました」

お金への心配も大きく異なる。IHは靴やスティック、防具等のギア(=用具)だけでも他競技と桁が違うほどお金がかかる。

「ギア以外にも寮費、遠征費がかかり、親の負担は信じられないほど大きい。北海道で合宿をやると20万円近くかかる。プロとしてIHをやる上では、そういう心配はありません」

「大学4年で単位を取り終えた後は居酒屋でのバイトもした。IHに関するお金は親が負担してくれたので、それ以外のプライベート分は自分で稼ぎました」

学生時代はアイスホッケー以外にも学校やバイトなど考えることが多かった。

~法政大アイスホッケー部の環境は悪いものではない

「それでも法政大の環境は悪くはなかった」と振り返る。東京都東村山市の寮は都心キャンパスまでの距離はあったが、練習を行うリンクには比較的近い。そして規模は小さいがプロ顔負けのメディカル設備が常備されている。

「9月の手首骨折から2ヶ月で復帰できたのは法政大だったからだと思います。主将なのに試合出場なく卒業した可能性もあった。当然ユニバにも出られなかったはずです」

通常「骨折は復帰まで半年かかる」と言われる。しかし法政大に常備されている機材を用いた超音波療法等が脅威的な回復を可能にした。

「骨折した時はユニバの代表入りのオファーも来ていた。フリーブレイズ入りも決まっていたので悪いことばかり考えました。でも大学卒業後まで考えて治療プランを提案してくれました」

骨折後の手術で埋め込んだボルトは卒業後に外した。地元・苫小牧でリハビリを経て完璧に近い状態で6月にチームへ合流できた。

「周囲のみんなが本気でサポートしてくれました。誰か1人でも欠けたら復帰は叶わなかったと思います。法政大でIHをやって本当に良かったです」

「法政大アイスホッケー部を選んで良かった」と心から言える。

~試合に出た時に何らかの爪痕を残す

プロ1年目のシーズンを終え、自分の立ち位置は理解できた。レギュラー奪取を含めた飛躍を目指す2年目がやってくる。

「ゴールやアシストという結果が一番の理想です。でもまずは監督から求められていることをしっかりやる。器用な選手ではないので、相手が嫌がる泥臭いプレーを1つずつしっかりやりたいです」

試合に出られない時期、「お前は現状、フォワードで(13人中)13番目」と監督から言われた。

「練習で激しくアピールしても、すぐにはレギュラーになれないと思った。だから試合に出られた際に最高のパフォーマンスができるように準備するようにしています」

「自分みたいにガツガツ行く選手は、練習でのアピールが難しい部分があります。だから試合に出た時に何かしらの爪痕を残そうと思っています」

勝負のプロ2年目、立ち止まることなく更なる成長を目指す。

~日本代表にいつ呼ばれても良いような選手になる

「自分がパックを持つ時間を増やしてプレーの幅を広げたいです。シュートはもちろん、臨機応変なパスを駆使してゲームメイクもしたい。チームにとって重要な選手になりたいです」

試合出場機会を増やしチーム内での確固たる地位を築いた先には、日本代表という夢も広がる。

「日本代表への思いはあります。そのためにもフリーブレイズで主力になって活躍するのが最初です。いつ招集されても良いように日々を大事に頑張っていきたいと思います」

日本代表入りを目指し、フリーブレイズ内での競争に打ち勝つことから始める。

日本ではIHに対する注目度は下がっているが実力は上がっているという。28年ぶり出場を目指す2026年ミラノ・コルティナダンペッツォ冬季五輪出場をかけた最終予選進出が決定したばかりだ。

「日本IHの実力は上がっています。アジアリーグのレベルも低くない。その中で結果を残せるように、持ち味の激しいプレーで必死にやります」

日本IH界が世界の舞台に戻った時、「安藤永吉」の名前がそこに刻まれることを目指す。IH界注目のプロスペクト、今後の活躍から目が離せない。

(取材/文・山岡則夫、取材協力/写真・東北フリーブレイズ、法政大学アイスホッケー部)

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