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「第32回全国身体障害者野球大会」千葉ドリームスター 昨年の悔しさを胸に掴み取った開幕投手と4番の座。原動力となったチームの存在

6/1〜2の二日間、神戸市で「第32回全国身体障害者野球大会」が開催された。全国38チームから選抜された16チームが全国の頂点を競った。

千葉県唯一のチームである「千葉ドリームスター」も参戦し、2日間最後まで手に汗握る熱戦を繰り広げた。

(取材協力:千葉ドリームスター 写真 / 文:白石怜平)

チームのGMを務める小笠原道大氏が激励に

ドリームスターは14年に初出場して以降、8回目の本大会出場となった。19年にはベスト4へ進出、毎年8月に行われる「ゼット杯争奪 関東甲信越大会」では21年・22年に連覇するなど、関東を代表するチームとしてその地位を築いている。

全国制覇を目標に掲げ、昨シーズンオフから連携プレーのメニューを増やすとともに、社会人野球のOBチームや健常者チームのリーグに参戦し実戦感覚を養うなど、強化に励んできた。

そして開会式では、強力な応援者がこの日のために駆けつけた。チームを創設し、”GM”の肩書で見守っている小笠原道大氏。

開会式で選手たちを激励した小笠原道大氏

日本ハム・巨人・中日の3球団でプロ通算打率.310、2120安打をマークするなど数々の記録を打ち立て、名球会入りも果たしている言わずと知れた大打者である。

08年オフに身体障害者野球チーム「神戸コスモス」を訪問したことをきっかけに感銘を受け、今も冠主催している少年野球大会とともに社会貢献活動の一環で立ち上げた。

チーム名も自ら命名し、”夢を持って野球を楽しもう”という想いを込めている。

今回は開会式の特別ゲストとして、久々にほっともっとフィールド神戸のグラウンドへと足を踏み入れた。式のトリとして壇上に立ち、参加した全チームに向けて激励のメッセージを贈った。

「野球が好きで、プレーがしたくてユニフォームを着ていると思います。この大会を通じて、野球の楽しさ・すばらしさを存分に感じながらプレーしてください。今日から大会が始まります。仲間とみんなで協力して、対戦相手をリスペクトして、怪我をしないようにがんばってください」

終了後、小笠原氏はドリームスターのところへ足を運び、このあと試合へ臨むナインを鼓舞した。

開会式後はチーム全員で小笠原”GM”を囲んだ

「ドリームスターで野球がしたい」が原動力になった開幕投手

ドリームスターは初戦、「福島アクロス」との対戦を迎えた。1回表から打線がつながり、試合の主導権を握る。

1死2塁で先制のチャンスをつくると、3番・土屋来夢が中堅の頭を超える打球を放つと快速を飛ばし三塁打となり、先制点をもたらした。

チーム初得点は主将のバットから生まれた

昨年行われた「世界身体障害者野球大会」では東日本で唯一の日本代表に選出され、世界一に貢献した土屋。今シーズンからはチームの主将に就任し、講演活動で自身の体験を語るなど、グラウンド内外で活躍の幅を広げている。

自覚を持って臨んだこの大会。打席での心境を語った。

「初回という事もありチームに勢いをつけたかったですし、個人としてもキャプテンとして初陣だったので何としても勝ちたい気持ちでした。とにかく結果に拘って打席に入りました。

頭で思い描いていた事を体現できましたし、良い雰囲気を生み出せたので本当によかったです。満足はしていないですが、自身の幅が広がっている事を再認識できた打席でした」

重要な初戦の先発を任されたのは鈴木貴晶。

大事な初戦のマウンドに立った鈴木

3年前の6月15日、機械の清掃作業中に左手を巻き込まれ、指を4本失うアクシデントに見舞われた。2か月半の入院で7度の手術、退院後も3度の手術を要した。

そんな中で希望の光となったのが野球だった。入院中にSNSを通じてドリームスター、そして身体障害者野球の存在を知った。

「中学卒業以降は野球から離れていましたが、チームを知った時に『ここで野球がしたい』と思い、前向きに治療・リハビリを頑張る原動力になれたんです」

ドリームスターの存在が活力の源になった

チームも全員で歓迎し、鈴木もすぐに戦力として頭角を表す。昨年4月に入団すると、翌月には早くも第31回大会に内野手として出場した。しかし、

「初めてほっともっとフィールド神戸に立った時はプロ野球で試合してる場所で野球が出来ると心から感動しました。ただ、試合では満足のいくプレーが何一つ無く、エラーもたくさんして自分のせいで負けたと未だに思っています」と、悔しさが残った。

一方で野球ができる喜びも大きく感じることができ、毎週ある練習も前のめりに取り組んだ。一年後に再び戻ってきた36歳は開幕投手そして打線でも4番を務めるなど投打で主軸を担う存在へとなっていた。

準々決勝では4番も打った

「緊張よりもチームのみんなで試合ができて本当に楽しかった」という背番号5はマウンドで躍動し、アクロス打線を2回無失点に封じた。

チームは初回に3点を先制後、2回にはさらに猛攻を見せこの回8得点。最終的に3回で12-1と快勝し、準々決勝へと駒を進めた。

「まだまだ実力不足を痛感していますが、このチームで優勝したいと強く思っています!」と充実した表情で試合を振り返った。

準々決勝では”あと1ストライク”が明暗に

翌日の準々決勝は、もう一つの会場であるG7スタジアム神戸(神戸サブ球場)で行われた。ドリームスターが対戦したのは北九州フューチャーズ。

本大会で優勝4回・準優勝3回を誇っており、主将の竹下祥平は昨年の世界大会の日本代表選手としてもプレーした。

ドリームスターの先発はエースの山岸英樹。現在は野球とともにパラ陸上(38クラス)の選手でもあり、パラリンピック出場を目指している。

鈴木同様に打線でも主軸を担う35歳はこの日も落ち着いたマウンドさばきを見せる。多彩な変化球を操り、5回まで5奪三振・無失点と堂々たる投球を披露した。

2試合目の先発を託された山岸

この試合は両チーム互角の戦いを見せ、3回までは無得点と1点を争う様相となった。

試合がついに動いたのは4回。前日は4番を打ち、この日は2番に入った城武尊が先頭で三塁打を放ちチャンスメイク。続く土屋が意図的に叩きつけるゴロを打ち、城を本塁に還した。

続く6回表も、先頭で城が二塁打を放ちチャンスをつくると5番の山岸が走者を還し、追加点を挙げる。18年の世界大会で日本の世界一に貢献した男が2本の長打で火付け役になった。

打線の核として長打力を見せつけた城

ドリームスターが2点リードで迎えた最終回、ここからまさかの展開が待っていた。守備の乱れから無死満塁のピンチを招くと竹下の適時打で1点差に迫られる。2死までこぎつけ、あと1ストライクまで追い込むも同点を許してしまう展開に。

瀬戸際で吹き返したフューチャーズの勢いに飲まれるように、タイブレークで力尽きゲームセット。あと一歩のところで勝利へは届かなかった。

日本代表として戦った同士が健闘を讃え合った

チームを率いた小笠原一彦監督。自ら三塁コーチャーズボックスに入り、グラウンドから指揮を執った。2試合をこのように総括した。

「投手力の向上により守りが安定して大崩れしなくなりました。チームの一体感が出てきたのは収穫でした。

ただ、自分でプレッシャーをかけて自らを苦しめてしまうケースもあるので、練習試合などであえて加圧して慣れていくことだと思います。

あと怪我は一番避けたいので、暑さでバテやすくなる8月に向けて個々の体作りもしていきたいです」

攻撃中はランナーに直接指示を送った

8月下旬には地元・千葉県で関東甲信越大会を開催する。ここで勝利し、来年再びこの地で戦うため、残り約3か月を駆け抜ける。

(おわり)

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