「ライオンズ整形外科クリニック」球界初のクリニック運営が果たすミッションはチームの発展と地域への恩返し

昨年4月1日に開業した「ライオンズ整形外科クリニック」。
プロ野球チームがクリニックの設立に関わり、かつ運営するというのは球界初の取り組みである。開業から1年が経ち、クリニックは選手のみならず地域に向けても大きな価値を創出していた。
ここでは設立のきっかけから、開業後の現在までを振り返る。
(取材 / 文:白石怜平、表紙写真:球団提供)
開業のきっかけにあった2つの目的
本編は、埼玉西武ライオンズでコミュニティ創生部を統括している松本有さん・クリニックで事務長兼診療放射線技師を務める鈴木晋さん・クリニックの運営全般をサポートしている「アスリートメッド株式会社」の大山慎太郎さんの3名に協力いただいた。
「ライオンズ整形外科クリニック」はライオンズの増田裕也チームドクターが院長を務めており、西武球場前から徒歩約3分に位置している。
松本さんは開設に至った経緯について以下のように説明した。
「ホームゲームで試合中にアクシデントがあった場合、特にナイターの場合は病院が営業していない時間帯のため、検査がどうしても翌日になっていました。選手に早くグラウンドに戻ってもらうためのサポートを強化したい。そこの解決を目指しました」(松本さん)
また、地域貢献についても想いを持っているとして、以下のように続けた。
「我々はありがたくも最先端の医療を受けることができていますが、それが球団内にとどまってしまっていました。
球団は日ごろから地域の皆さまに支えていただいていますので恩返しをしたい想いがあり、且つ先端の優れた医療技術を還元したい想いも持っていました。この2つが開業の目的です」

チームと地域の両面で寄与している役目
クリニックの設備は最新式の機器が用いられている。1階の検査室で用いられるMRIにはAI(人工知能)が搭載されたもので、速く詳細な検査を実現させた。鈴木さんも技術の進歩に驚くほどだった。
「私も30年ほどMRIに関わっていますが、当時からは考えられないスピードで撮影できます。
入ってから退室するまでが15分以内で、しかも何種類もできます。昔は1分で1つの画像を撮影するというのは不可能でしたが、今はそれが可能になっています。
例えば肩と肘の2箇所を撮影する場合でも、30分以内で終えられます」

開業のきっかけであった試合中のアクシデント対応においても、課題解決を実現している。
「試合中であっても、ゲームセットまでには診断結果を出せます。選手もとにかく診断結果を早く知りたいので、それに応えられていると感じています。
骨折している・肉離れしているというのは、次の処置に向けた大きな分かれ目になりますし、(骨折や肉離れを)していないとなるとすぐ安心してもらえるのでその点も大きなメリットになると考えています。
この距離にクリニックがないと実現できないスピード感ですし、チームスタッフも『近くにあって本当によかった』とおっしゃっていました」(鈴木さん)
最新の検査機器に加え、リハビリスペースも充実。
2階のリハビリスペースでは、一般用に加えてアスリートエリアを設けるなど、500平米を超える面積を活用しながら、さまざまな患者のニーズに応えている。
大山さんも開院後約1年間を振り返りながら感じていることを述べた。
「早期診断からリハビリでつなげてしっかりと回復させる。その流れができつつあります。もちろんスポーツに知識があるスタッフが揃っていますので、早期診断から回復までに寄与できる施設にはなったと思います」

一方で地域に向けての役割として、“恩返し”というワードが最も大きな意味を持っている。
鹿島アントラーズや埼玉パナソニックワイルドナイツなどのクリニックを数々手がけている大山さんも、医療と地域の関係性についてその意義を語った。
「患者さんたちから『待ち望んでいたんです』という言葉をいただいたのがとても嬉しかったんです。地域層としては近隣である所沢や下山口・上山口さらに広がると小手指からも来ていただくのですが、このエリアはクリニックが少ないのが現状です。
いわゆる“医療過疎エリア”と呼ばれても過言ではない場所でしたので、『とにかく病院ができてよかった』と多くの方が言ってくださいます。
プロスポーツチームの発展、地域の活性化や地域課題を解決するのが我々のミッションですから、地域医療という観点からもすごく大きな意義を果たしていると実感しています」

地域やファンと共に創るクリニックに
開院後は名前や立地などから当初は“選手しか入れないのではないか”というイメージも持たれていたという。
だが、入口の前にチラシを貼ったり、球団もプロモーションを継続することで徐々にアスリート以外の患者も多く来るようになった。
鈴木さんは、現在来院する患者の傾向についてなどを明かしてくれた。
「初めて来る患者さんには問診票を取るのですが、どのようにクリニックを知ったかと言うと、45%の方が口コミ。患者さんから患者さんへの口コミが1番大きかったです。
次に多いのは『建物を見てきました』と。観戦にベルーナドームへ訪れた方たちが注目してくれたり、地域の皆さんが散歩しながら見つけた時に『ここって一般でも入れるんですか』と聞いてくださる方も多かったですね。
年齢別で一番多いのは、10代の男子です。スポーツをやっている若者だけかと思いきや次は70代の女性。幅広く来ていただくようになりました」

内装にも力を入れており、中に入るとレジェンドブルーで統一された空間が広がる。選手のサイン入りユニフォームや使用済みのバットや手袋などが飾られ、ミュージアムに来たかのような高揚感も味わえる。

なお、その装飾は通院をしているファンと共に創られている。鈴木さんはある裏話を披露した。
「選手のグッズを『よかったら置いてください』と寄付いただいて、ユニフォームの近くに置かせてもらったり、昔の雑誌も持ってきてくださいました。ありがたいお話です。
ちなみに、使用中のランプなど細部までこだわっていまして、ベースをイメージした形も使っています。そういった点も患者さんに安心と楽しみを味わってほしいと考えています」

クリニックで現場の最前線にも立っている鈴木さん。診療の際に心動かされる話があったと、以下のエピソードも合わせて語ってくれた。
「サイトにも体を動かして治す“運動療法”という記載をしています。
実は高校生で野球をやっている子が肉離れを起こしてしまい通院しているのですが、理学療法士から自転車での来院を推奨したりして、まさに動かしながらの治療を実践しています。
リハビリ室からも『次の試合に治そうぜ!』『試合までに治すからね!』といった声がよく聞こえて、信頼関係が構築されていってるのを聞くと、ほほえましく思います。
今は試合に出場できそうなところまで回復していて、私も驚きましたよ」
「地域のニーズはもっとある」今後の展望
開業から約1年が経ったライオンズ整形外科クリニック。
4月からはパーソナルトレーニングのプログラムがオープンするなど、新たな取り組みにも挑戦している。
クリニックの今後の展望をまずは松本さんに語ってもらった。
「数多くの方に来ていただいてますので認知度も上がっていると思いつつ、まだ届いていない層もありますので、そういった方たちにも魅力を伝え、利用していただけるように取り組みたいです。
今後も地域の方々に支えていただいている想いと、我々が還元していく気持ちを忘れずに、良い循環を作っていきたいと考えています」

鈴木さんは患者さんと実際に接している視点で述べた。
「今後来院される方が増えても円滑な診察ができるよう、スタッフの増員や育成等を行いながらクリニックの体制を強化していきたいです。
施設のキャパシティはまだまだ余裕がありますので、現場はそのサイクル構築を目指しています」
そして大山さん。「地域の皆さんから信頼されることが一番だと思います」と断言。
その根拠に、1月に行われた西武鉄道主催のイベント「ウォーキング&ハイキング」に参加した時を挙げた。

「西武球場前駅の目の前に、骨密度や重心動揺計を用いた測定ブースを設けました。イベントに参加した方のうち300人以上ですかね、列が途切れることなく受けてくださいました。
その時に感じたのは、地域のニーズってもっとあるのではないかと。
怪我の治療や予防に加えて、骨粗しょう症対策に向けた啓発活動なども行うことで地域に貢献できると感じたので、そういった取り組みも進めていきたいと思います」
ライオンズ整形外科クリニックは開業から約1年という期間で、チームそして地域にさまざまな価値を生み出し続けている。
(おわり)