合言葉は「ヨリのために」 東北福祉大が3年ぶりの全国切符、“一体感”もたらしたエースの存在

逃し続けていた全国切符をようやくつかんだ。仙台六大学野球春季リーグ戦で東北福祉大が3季ぶり77度目の優勝。6月9日に開幕する全日本大学野球選手権の出場を決めた。2023年秋に優勝した際は明治神宮野球大会出場をかけた東北地区代表決定戦で敗れたため、全国大会は22年春以来、3年ぶり。常勝軍団だった東北福祉大が2年連続で全国の舞台に立てないのは「異例」と言っても過言ではなかった。ライバル・仙台大の躍進が著しい中、王者の意地を見せることができたのはなぜか。
ポーカーフェイスのエースが上げた雄叫び
今年の東北福祉大は一味違う。そう思わせる一戦があった。4月26日の東北学院大1回戦。初回に先制を許すとその後は点の取り合いとなり、7回までビハインドの状態が続いた。3対4で迎えた8回に追いつき、9回に1点を勝ち越して勝利。苦しみながらも手にした貴重な1勝だった。
先発の今秋ドラフト候補右腕・櫻井頼之介投手(よりのすけ、4年=聖カタリナ学園)は5回7安打4失点と、本来の実力とは程遠い投球内容。それでも、例年以上の気迫を感じさせる場面が3回に訪れた。1死二、三塁のピンチを投手ライナーゲッツーで切り抜けると、ポーカーフェイスの櫻井が珍しく大きな雄叫びを上げたのだ。

その直後の4回、先頭の佐藤悠太外野手(3年=報徳学園)が反撃ののろしを上げるソロ本塁打を放った。佐藤は勢いそのままに、8回に同点本塁打、9回に決勝の適時打をマーク。野球の「流れ」は数値化できるものではないが、櫻井の雄叫びが明確なターニングポイントとなった。
佐藤は試合後、「(櫻井は)一番良いピッチャーで信頼されている。いつもピッチャーに助けられているので、『今日は野手で点を取り返そう』とみんなで声を出していました」と話した。たしかにベンチでは常に前向きな言葉が飛び交い、劣勢でも悲壮感は漂っていなかった。追いついてからは継投した滝口琉偉投手(4年=日大山形)、堀越啓太投手(4年=花咲徳栄)が圧巻の投球とともに吠え、相手に流れを渡さなかった。
この日のトピックが佐藤の大活躍であったことは間違いない。たがそれ以上に、今年の東北福祉大は投手のために一枚岩になれる強みを持っている、と感じさせる試合になった。
同期の思い「ヨリを日本一のピッチャーに」
昨年までのチームにその強みがなかったわけではない。ただ、今年のチームにはそれが色濃く表れている。かつて圧倒的な実力を誇り、王者の風格をまとっていた東北福祉大に、明るさや泥臭さ、それゆえの一体感が肉付けされた印象だ。現に、ベンチから前向きな言葉が飛んだり、選手が感情を爆発させたりするシーンは例年と比べて明らかに増えた。
根底には「ヨリ(櫻井)のために」という共通認識がある。櫻井は2年秋から先発ローテーションに定着し、3季連続で優勝のかかる仙台大戦で初戦の先発を任されていた。何度もチームを救う好投を見せながらも全国のマウンドは踏めていなかっただけに、特に同期の間ではその意識が強かった。

実際、シーズン中の取材では櫻井の名前が何度も挙がった。櫻井と同期で同じく今秋ドラフト候補の堀越は「櫻井が副キャプテンになって投手と野手の仲が深まったし、チーム一丸となって戦う雰囲気ができていると思う」と分析。今春から正遊撃手の座を獲得した新保茉良内野手(4年=瀬戸内)は「下級生の頃から投げてきたヨリがずっと悔しい思いをしているので、今年こそは自分らがヨリを日本一のピッチャーにしてあげたい」と意気込みを語っていた。
優勝決定後には、今春中軸を担って首位打者に輝いた垪和拓海内野手(4年=智辯学園)も「これまではヨリが投げている時に打てなくて、勝たせてあげられなかった。ヨリは悪いピッチングをしていなくて、負けているのは自分たちのせい。今年はエースのヨリを助けようと野手陣で話していました」と力を込めた。
垪和も2年時から出場機会を得たが、昨秋、腰の分離症を発症してからは最大限のパフォーマンスを発揮できずにいた。今春のキャンプ中も激痛が走り、それでも山路哲生監督に出場を直談判してリーグ戦は注射を打ちながらプレー。仲間とともに戦う今年に懸ける思いが「誰よりも強かった」からこそ、無理をしてでもバットを振った。
劣勢でも「絶対に行ける」、起こした逆転劇
櫻井は今春も仙台大1回戦の先発マウンドに上がり、9回4安打無失点完封勝利を挙げた。初回から149キロを連発し、最終回にも151キロを2球計測する気迫あふれる投球。試合後には「1イニングずつうしろにつなぐ気持ちで投げた。みんなが自分をエースとして立ててくれて、『ヨリのために点を取るぞ』と声出しをしてくれるので力になっています」と頬を緩めた。
翌日の2回戦は堀越が今春初先発し、3失点を喫して早期降板するも、櫻井椿稀投手(1年=鶴岡東)、滝口、猪俣駿太投手(3年=明秀日立)とつないで0に抑え逆転劇を呼び込んだ。9回は垪和が犠打で好機を拡大し、新保の適時打で勝ち越し。投手のために戦い、劣勢を覆す強みを優勝決定戦でも見せつけた。

山路監督は「環境に踊らされたり、下を向いたりしている選手が多いチームは勝てないと言ってきた。選手が自分たちの野球をやろうとしてくれた結果だと思います」と感無量。主将としてチームをまとめる仲宗根皐内野手(4年=沖縄尚学)は涙で目を真っ赤に腫らしながら「最後は気持ち。最終節はベンチスタートだったのでベンチからずっと声を出していた。酸欠で頭が痛いです」と笑った。
「今日(仙台大2回戦)は先制されましたけど、ベンチでは前向きな発言しかなかった。櫻井が完封で勢いづけてくれたからこそ、先制されても全員が『絶対に行ける』という気持ちになれました」と仲宗根。絶対的エースの存在が、チームに変化をもたらした。次は2018年以来の日本一を、全員でつかみにいく。

(取材・文・写真 川浪康太郎)