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ポニーリーグU-13日本代表がワールドシリーズ優勝「“知行同一”を体現できた場所だった」

ポニーリーグ(以下ポニー)U-13日本代表が、『2025 PONY-13ワールドシリーズ』(米サンディエゴ)において初出場ながら初優勝。ポニーの全国8連盟から選出された精鋭達は、野球の母国で4連勝を飾って頂点に立った。

チームを率いた那須勇元監督(日本ポニーベースボール協会・専務理事/事務総長)が、同大会を振り返ると共に、改めて感じた日本野球の素晴らしさを語ってくれた。

ポニーリーグ全国8連盟から選出された選手達は、世界を相手に堂々と戦って結果も出した。

~バットは打ち返すためにあるから、しっかりスイングしよう

「打撃に関しては、米国をはじめ各ゾーン王者には勝てないと思いました。『投手を中心とした堅実な野球』を掲げ、各選手がしっかり遂行してくれた。プラン通りの素晴らしい勝利でした」

『2025 PONY-13ワールドシリーズ』は、7月24日(日本時間25日)から29日(同30日)にかけて開催された。

U-13日本代表は初戦でシカゴ(米/イリノイ州)に「12-0」で勝利して勢いに乗った。カールスバッド(米/カリフォルニア州)に「9-0」、「5-0」と連勝。決勝ではベガ・アルタ(プエルトリコ)を「9-0」で下して世界一になった。

「スコアを見れば“快勝”です。しかし、各試合が中盤までは競った展開で、どう転んでもおかしくなかった。ミスに乗じて得点でき、最後は相手の集中力が切れて得点差がついた感じでした」

「体格では勝負になりません。U-13は中学1-2年世代ですが、他国には中学3年生や高校生くらいの体格の選手もいました。だからこそ、『4試合で失策1』は誇れる数字だと思います」

全試合で無駄な失点をせずに勝ち切った。当初から目指した戦い方を貫けたことが結果に繋がった。

「攻撃に関しては選手に任せました。『バットは打ち返すためにあるのだから、しっかり振ってきなさい』と話しただけです。ノビノビとスイングをして、得点を重ねてくれました」

相手のミスもあったとはいえ、4試合で35点を叩き出した攻撃力は素晴らしい。「バットを打ち返すために使った」結果だった。

大会前に掲げた「守備力を中心とした堅実な野球」に加え、攻撃面でも多くの得点を重ねた。

~アジア、世界と勝ち抜いた素晴らしい選手達

U-13日本代表の旅は、5月に開催された『広澤克実(日本ポニーベースボール協会理事長)杯/全日本地域対抗選手権兼日本代表選手選考会』(長崎県)から始まった。

「ポニーは北海道から沖縄まで全国で8連盟ありますが、各連盟から1人以上を選出しました。ポニーの理念である『機会均等主義』からです。もちろん日本代表としての“勝利”も必要なので、厳しい見方もしました。両方のバランスを保った上で、U-13日本代表は決まりました」

その後、6月にインドネシアで開催された『U-13ポニーアジア選手権(アジア・パシフィックゾーン・チャンピオンシップ)』を勝ち抜き、『2025 PONY-13ワールドシリーズ』への出場権を得た。

「全国から選手を招集したので、『U-13ポニーアジア選手権』が実質的な練習と実戦経験の場所でした。同大会終了後は『2025 PONY-13ワールドシリーズ』まで、チームとして集まることはありませんでした」

「渡米後、“ぶっつけ本番”のような感じもあった。試合に挑む過程は決して恵まれてなかったかもしれないですが、選手個々が高い意識を持ってチームに貢献してくれました」

『U-13ポニーアジア選手権』に挑む際に伝えた、「守備力を中心に勝ち抜く」チーム方針を選手全員が形にした。U-13日本代表結成は初の試みだったが、最高の結果に繋げてくれた。

「米国は複数州の代表が参加するので、『日本代表も県名くらいまで名乗って欲しい』とシリーズ事務局から要望された。普段は市原ポニーの監督を務めているので、便宜上『千葉』にしました。世界一になったことで、地元・千葉の方々も非常に喜んでくれました(笑)」

同大会での日本代表チーム名が『千葉』になっていた理由も、嬉しそうに教えてくれた。世界一の栄冠は多くの人々を笑顔にする、素晴らしいものだった。

日本代表として世界で結果を残したことで、多くの人が喜んでくれた。

~人生においても大事なことを知ることができた大会

世界一という結果のみならず、多くの経験を積めた大会・遠征だった。「選手達は野球人としてだけでなく、人間としても大きく成長できる夏になったはず」と目を細める。

「ワールドシリーズの合間に、『チャンピオンズ・リーグ・ゲーム』という催しがあります。重度の障害を持った方々が車椅子等で参加、Tボールを打ち、健常者が囲むダイヤモンドを1周する。ポニーが掲げる『共生主義』から行われており、ここに参加できたのが本当に良かったです」

「『障害のある方々と共に生きる』という気持ちはあっても、実際にどう接して良いのかわからない人は多い。こういった機会に触れることで、“思いやり”や“優しさ”を考えるきっかけになる。選手達が積極的に関わってくれたのが嬉しかったです」

「全ての若人がチャンピオンである」という、ポニーの理念を体感することができた素晴らしい時間。日本ポニーリーグ協会でも『パラボールリーグ』という同様の試みを行なっており、今後も変わらずに持ち続けたい“思い”だ。

「グラウンド外ではトラブルもありました。帰国日にチームバスがパンクした。代車の手配をしましたが、帰国便の時刻に間に合うかどうかの瀬戸際に立たされた。なかなか遭遇することもないトラブルなので、ある意味で良い経験でした(笑)」

「『飛行機に乗れなかった時に焦れば良い。ロサンゼルスへ行ってドジャース戦を観よう』と伝えました。それまで焦っていた選手達が、急に落ち着いたのは言うまでもありません(笑)。世界一と共に、大きな思い出になったのではないでしょうか」

その後、搭乗便には間に合って無事に帰国できた。選手達にとって、グラウンド内外で多くのことを経験できた“宝物のような夏”になったはずだ。

スタンド掃除を行うなど、グラウンド内外で日本野球の素晴らしさを発揮した大会だった。

~ポニーリーグは世界へ通じる

「サポート・応援してくれた方々にも感謝しかありません。国際試合へ行くと、各地域の日本人の方々が現地情報を集めてくれます。中には差し入れを届けてくれる人も。“日本への思い”を感じて、本当に嬉しく朗らかな気持ちになれました」

母国・日本のチームがやってきて懸命に戦っている。現地在住の方々にも、大きな喜びと楽しみを感じてもらえているはずだ。

「選手達には『日本代表でプレーする』という、熱い思いで集まってくれたことに感謝しかありません。その思いを行動で示してくれたことにも感動しました。『野球を好きなもの同士が集まって、真剣に向き合うのは良いな』と痛感しました」

U-13日本代表の初出場・初優勝は、協会専務理事を務める立場としても日本の野球を改めて考えるきっかけにもなった。

「『日本野球、そして日本人は素晴らしいな』と感じました。相手に合わせることなく、常に全力を注いでプレーする。頭でわかっている『何が大事なことか』を実際の行動で示す、“知行同一”を体現してくれた。そういった姿に感動しました」

「日本野球の良さを存分に出してくれました。『(米国野球を)見に行くのではなく、(日本野球を)見せるんだ』と伝えたことを実行してくれた。大谷翔平(ドジャース)の言った、『憧れるのをやめましょう』の通りにやってくれました」

練習・試合を通じて、どんな状況でも素早く行動する。異国の地でも礼儀と感謝を忘れない言動を貫いた。「選手達が逞しく見えた。大会期間中にもどんどん成長してくれました」と付け加える。

野球の母国で多くの経験を積んだ選手達は、この先も大きく成長してくれるはずだ。

ポニーリーグは「選手達が主役」であり、「世界へ通じている」ことが強み。

野球の母国で大きな経験をした選手達が、この先、どこまで伸びていくのかが楽しみだ。そして、ポニーリーグの果てしない可能性を改めて感じさせてくれる。

(取材/文・山岡則夫、取材協力/写真・日本ポニーベースボール協会、写真/岸本純)

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