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甲子園夢プロジェクト5年間の歩み 硬式野球で広がる絆の輪は、活力と新たな社会を創る源に

2021年に発足した「甲子園夢プロジェクト」。特別支援学校に通う生徒たちが甲子園出場を目指すプロジェクトは5年目を迎えた。

地区大会への出場や独立リーガーの輩出、そしてBaseball5への挑戦など数々の足跡を残してきた。

今回プロジェクト発足からの道のりを振り返るべく、玉川大学准教授でプロジェクト2代目の代表を務めている阿部隆行さんに話を伺った。

(取材 / 文:白石怜平)

知的障がいのある特別支援学校生が硬式野球に挑戦

このプロジェクトは、東京都立青鳥特別支援学校で主任教諭を務める久保田浩司さんが創設した。知的障がいのある生徒たちが硬式野球に挑戦し、各都道府県の地方大会に出場する選手たちを毎年輩出している。

初年度は愛知県や京都府からも来るなど、11名の特別支援学校生が集まった。初練習となった新木場の練習場では、元プロ野球選手も姿を見せた。

「久保田先生とのつながりで、元ロッテの荻野忠寛さんが打撃投手として生徒たちに投げてくださったんです。みんな嬉しそうに全力でバットを振っていて。ここが原点になりました」

甲子園夢プロジェクトの阿部隆行代表

月1回の練習会開催を1年以上継続し、2年目の22年に一つ大きな成果が表れた。愛知から参加していた林龍之介選手(豊川特別支援)が県大会に出場したのだ。

この実現は、林選手そして一番近くにいた人たちの熱い想いから手繰り寄せたものだった。

「林くん本人もですし、ご両親の熱意が学校を動かしました。高野連としては学校が許可して、かつ連合チームとして手続きを踏んでくれれば出場は可能という見解だったので、豊川特別支援として硬式野球部が結成されました。

部員は1名なので5校の連合チームの一員として彼はメンバー入りすることができました」

7月15日に行われた一宮西高との試合、林選手は六回裏に代打での出場を果たし、プロジェクトとしての歴史的な一歩を踏み出した。

愛知県の大会に出場した林龍之介選手(提供:甲子園夢プロジェクト)

日本一の“エンジョイベースボール”が受けた感銘

県大会出場という、一つ大きな目標を達成したプロジェクトはさらに拡大を見せる。北海道から新たに参加者が加わるなど、23年度の参加者は約40人となった。

この年には現在にも続く一つの出会いがあった。

「最も大きかったのは、慶應義塾高校さんとの交流が始まったことです」

同年全国制覇を果たすことになる慶應高と合流練習をスタートし、現在も年2回ほど行われている。阿部さんは「涙が出るくらい嬉しい話があって」と、生徒たちのエピソードを披露してくれた。

「慶應さんは“エンジョイベースボール”でこの年全国制覇をされましたよね。その慶應の生徒たちが合同練習をした後に、『僕たちは本当の意味でエンジョイしてなかった。本当のエンジョイを今日見せてもらいました』と感想文を寄せてくれました。

夢プロの生徒に『日本一の“エンジョイベースボール”のチームがエンジョイを認めてくれたよ!』って伝えたら飛び上がるように喜んでくれたんです」

”エンジョイベースボール“で刺激し合う間柄に(提供:甲子園夢プロジェクト)

プロジェクトに所属する選手としては、一つ新たなステップを刻んだ。青鳥特別支援学校が連合チームとして、西東京の地方大会に出場できたことである。発起人である久保田さんの学校がついに出場を果たした。

ただ、その一方でプロジェクトとして一つの節目を迎えなければならなかった。

「青鳥特別支援学校が高野連に登録されたことで、久保田先生が夢プロを退かないといけない状況になったんです」

そこで後任の代表として白羽の矢が立ったのが阿部さんだった。最初は迷ったという代表の就任だが、大きな決め手があった。

「私としても、プロジェクトが年々成長して生徒たちも『これから自分たちもがんばるぞ!』とモチベーションがすごく上がっていたのを感じていましたし、何より親御さんたちですよね。

『硬式野球ができる環境に出会えたので何でもしてあげたい!』であったり、『できないと思っていた硬式野球に打ち込んでいるその姿を見ているだけで嬉しい』と言ってくれていた親御さんに“解散します”なんて言えないなと思い、引き受けました」

そして、夏の大会後にさらに希望者が増え、50人にまで拡大し3年目を終えた。

今季は北海道から独立リーグへと輩出

24年から今年にかけて、プロジェクトをきっかけに一つビッグニュースが舞い込んできた。

日本体育大付属高等支援学校(網走市)の工藤琉人選手が、今季から独立リーグ・北海道フロンティアリーグに所属するKAMIKAWA・士別サムライブレイズ(士別市)に入団した。

阿部さんも「甲子園に出場する前にプロ野球選手を輩出してしまいました(笑)」と、決まった時の喜びを再び思い返すようにその経緯を語ってくれた。

「彼は『プロ野球選手になりたい』という目標を持って参加していました。今回入団に至ったきっかけが、昨年の夏にES CON FIELD HOKKAIDOで行われた『LIGA Summer Camp』でした。

それが地元の北海道で行われるということで参加したのですが、独立リーグの方が視察で来ていて、それでトライアウトを受験し合格したんです」

阿部さんも工藤選手のプレーを見て、その能力に驚きを隠せなかったのだという。

「センターから真っ直ぐノーバウンドでキャッチャーに投げるので、初めて見た時にびっくりしましたよ。(特別支援学校に)野球部がないので、陸上部で投げる競技をしていて、パラの全国大会で上位に入る選手でした。

今季は投手にも挑戦していると聞いていますので今後の活躍を注視しています」

夢プロから独立リーガーが誕生した(提供:甲子園夢プロジェクト)

ベースボール型競技を通じて共生社会の創生へ

発足から5年目を迎えた今年、夢プロとして新たな挑戦をスタートさせた。それは硬式野球の枠を超えたチャレンジだった。

それは「Baseball5」への挑戦である。Baseball5とは、キューバ発祥のベースボール型アーバンスポーツ。男女混合の5人・5イニングで行う競技で、グラブやバットを使用せず、ゴムボール一つで行われる。

プレーゾーンは縦横ともに18mの正方形の中で行われることから、“誰でも”・“どこでも”プレーできることが大きな特徴となっている。

夢プロとしてはこの5月、Baseball5のトップチームである「ジャンク5」と連携した交流会を開催した。この背景には、阿部さんがプロジェクトを“生涯スポーツ”としての側面を盛り込みたい意図があったためである。

「夢プロの生徒たちが誘う時に、最初から硬式野球をやるにはハードルが高いと感じる生徒も多いと聞きました。軟式野球やソフトボールもありますが、Baseball5はボール一つで誰でもできるので、今後への可能性を強く感じたんです」

今年、初のBaseball5に挑戦した

本交流会を最速で実現させたのが、チームの代表を務める若松健太さんの尽力だった。ジャンク5は「一般社団法人ジャンク野球団」の一つとして、強化だけでなく普及・教育の観点でもBaseball5を推進している。

その中で、ジャンク5が掲げるミッション「ベースボール型スポーツで『共生社会』を実現する」という考えに阿部さんも深く共感を持った。

「若松先生とお会いしてお話しさせてもらった時に、共生社会の実現について聞きました。お互いやりたいことが同じ方向を向いているとすぐ感じることができました。ジャンク5さんと一緒にやればもっと面白いことできると思い、今どんどん新しいことに取り組んでいます」

その言葉通り、甲子園夢プロジェクトのメンバーが来年1月に行われるBaseball5の日本選手権にエントリーすることが決まった。共生社会の実現に向けても着実に歩みを進めている。

阿部さんと若松さん(写真右)それぞれの想いが一致した

プロジェクトそして野球が日々の活力に

甲子園夢プロジェクトそして野球を通じ、生徒たちの社会性が自然と育まれていた。

「一人ひとり練習でもみんなしっかりチームメートと連携してプレーしているんです。保護者さんからは、『学校では自分の考えを伝えるのが難しいみたいです』といった話を聞いたりしますが、グラウンドでは全くそんな感じはしないですし、すごいことだと思うんです」

夢プロジェクトの生徒の多くは特別支援学校を卒業したら就職し、社会へと羽ばたく。プロジェクトのコミュニティで培った経験が社会で活き、そして明日への活力になっていた。

「私にもよく言ってくれるのが、『次の夢プロがいついつだから仕事頑張っています!』とモチベーションの一つにしてくれてるので、すごく嬉しいですよね。夢プロ、そして野球が彼らの生活の一部になっていることを実感してます」

生徒たちの熱い気持ちが阿部さんの力になっている

夢プロに参加する生徒は50名を超えた。特別支援学校の生徒たちが「自分にはできないかもしれない」と思っていた硬式野球への扉を今も開き続けている。

阿部さんは最後、甲子園夢プロジェクトを通じて創りたい社会を語って締めた。

「将来的には全国各地で当たり前のように障がいの有無問わず、一緒に野球をやっているような環境ができるようにしていきたいですね。

連合チームでも単独でもいいので毎年甲子園の地方大会に出ていて、『え、特別支援学校の生徒って出れない時があったの?壁とかハードルがあったの?』って言われるぐらいの社会をつくりたい想いです」

関わる人たちの熱い想いが集まっている「甲子園夢プロジェクト」。その活動の1つ1つがそれぞれの人生に彩を与え、希望の光を照らし続けていく。

(おわり)

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