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レフリーでの五輪出場を目指すラグビー元日本代表・桑井亜乃「決勝で笛を吹かなければ意味がない」

ラグビー女子セブンズ元日本代表・桑井亜乃は、レフリーとしての五輪出場を目指している。

選手時代と合わせ両方での出場となると世界初の快挙となる。前人未到のタフな道のりを一歩ずつ直実に進んでいる真っ最中だ。

パリ五輪の舞台で笛を吹くため全てを捧げる覚悟がある。

「パリ五輪に出場して世界初を狙いたい」と明言する。

選手としては2016年リオ五輪出場を果たした。その後も東京五輪を目指すも代表選出されず、現役引退を決意。次の目標に選んだのはレフリーとしての出場だった。

「関係者の方にレフリーでの五輪出場可能性を聞いてみた。その時の『難しいけど、個人的にはできると思う』という言葉が背中を押してくれた。『無理』と言われたら、やっていなかったかもしれない」

日本代表32キャップを持つ、実力と人気を兼ね備えた名選手だった。しかしラグビー歴は驚くほど短い。学生時代は陸上・円盤投げをやっていたが、中京大時代の授業でラグビーと出会ったことで魅了され、同卒業後に本格的な挑戦を始めた。

大学卒業後はクラブチームのアルカス熊谷などでプレー。ラグビー挑戦から約1年で日本代表となり、同5年目にはリオ五輪出場を果たした。その後2021年8月末に現役引退、レフリーとして2024年パリ五輪を目指すことを発表した。

日本代表として五輪出場を果たすなど、選手として大きな実績を残した。

~貯金がゼロになってもレフリーをやりたい

レフリーを始めた当初、所属チームは試合形式練習がない時期、練習場所を見つけるのにも苦労した。コロナ禍ということもあり断られることも少なくなかった。「レフリー素人を入れさせられない」という空気感すらあった。しかし熱意を理解した協力者が次々と現れた。

「日体大女子ラグビー部にレフリーをやっているコーチがいて、練習参加の許可をもらえました。その後1ヶ月半くらいの時期に、7人制女子U-18のレフリーをさせてもらいました。『判定が間違っていても良いから、やるしかない』という気持ちだけでした。コース取りやジェスチャーなど、今から思えば下手でした」

現在もレフリーとして所属するアルカス熊谷、リーグワン所属・埼玉ワイルドナイツなども練習参加を許可してくれた。時間を有効活用して技術向上に努めている。

「経験値を上げることが大事な時期です。平日は練習をやっているチームに可能な限り参加して笛を吹く回数を増やしたい。それを週末の試合で試す感じです」

現役引退後に会社を辞め最初の1年間は無所属(=フリーランス)、自らの貯金を切り崩しながらの挑戦だった。「貯金がなくなっても良いから好きなことで世界を目指したい」との覚悟があった。その後、日本ラグビーフットボール協会との業務委託契約を締結。選手時代からの方々に加え、新たにサポートしてくれるスポンサー等も現れて支えてくれている。

~ジャッジが少しずつ「見れる」ものになってきた

五輪を目指す以上、世界トップクラスのレフリーになる必要がある。世界基準の技術や体力を保ち、常に安定したジャッジが求められる。

「レフリーは定期的に数値測定があって様々な基準値が出ます。走力やジャッジの詳細などです。これがワールドシリーズを裁くレフリーの最低ラインです。それを下回らないようにする練習メニューをレフリーの育成担当からもらっています。基準値を下回った時に懲罰などはないですが、そこで評価されると思います」

「試合ごとに自分の中でも変化を感じます。例えば遠征第1戦の最初は身体があまり動かず、だんだんと良くなってくる。選手時代と同じですが、1試合目の頭からフルで動けるようにしないといけない。それ以外にも課題は大会ごとに見つかります」

レフリー挑戦から1年足らずだが、着実にレベルアップしていることを感じる。試合中は多少の余裕も生まれつつある。自らのジャッジ映像を見返しても、少しずつ「見れる」レフリーになってきたという。

「例えばノックオンのジャッジ、コールやジェスチャーが早過ぎると慌てているように伝わります。慣れてきて余裕が出始めたので、ゆっくりできるようになりました。周囲への見え方1つでレフリングのうまい、下手が伝わるのを再認識しています」

ラグビーに対する情熱の強さが世界中の多くの人を巻き込んでいる(2022年7月、欧州チャンピオンシップに参加したレフリーたち)。

~現役時代はレフリーにクレームを言っていた

選手時代は練習試合、紅白戦等でもレフリー経験は皆無。「当時はレフリーに対して決してポジティブな感情だけではなかった」とも語る。しかし今ではレフリーの面白さ、魅力に取り憑かれている。また選手として代表クラスまで経験しているからこそ感じる部分も多い。

「選手の感覚を知っているから、プレー予測しながら笛を吹ける部分もあります。『ここは(選手が)抜けるな』とイメージが出るので、プレーコースを邪魔しないように動けたりできる。タイミングの強弱など、少しずつできるようになっています」

「現役時代はレフリーにクレームをかなり言っていました。試合中の選手は感情も昂っているので、しょうがない部分もあります。でもレフリーも同じ人間です。両方の気持ちが理解できるので、そこも大事にしたい。『レフリーは敵ではない』ということを選手にも伝えながら、試合を円滑に進められるようになりたいです」

~スポーツ民度が高い国では、レフリーは尊敬と注目を浴びる

技術を上げ世界舞台で笛を吹き続けることで、その先の五輪出場が見えてくる。ガムシャラに取り組む中、「レフリーに対するイメージを少しでも変えられたら良い」とも思うようになった。

「今参加しているセブンスは2日間で開催されます。初日の試合を裁いた内容から判断され、2日目の決勝レフリーが決まる。その時点でのトップレフリーという扱いになるので、常にその場所を目指しています。今でも大会によっては決勝で笛を吹いているので、それを継続したい。その先に五輪があると思います」

「レフリーは楽しいし、注目されるポジションなのを痛感します。また大きな責任が伴うとともに、尊敬も浴びます。選手とレフリーがお互いにリスペクトし合える関係が理想。良いゲームを一緒になって作り上げたいです」

「ファンの方が写真を撮ったり、応援ボードを作ってくれたりもします。今の私に対しては、現役時代の名残があるから応援してくれているはず。その間にレフリーとして成長、結果を出して世界に出て行きたい。応援してくれる人には結果で恩返しがしたいです」

五輪出場への思いを、迷いなく冷静に語ってくれた。

~決勝の舞台で真ん中に立って主審をすることで認められる

世界大会のファイナル(=決勝)で笛を吹くこと。

現時点の最大目標であり、レフリーとしての存在価値に掲げている。各試合を巧みにコントロールするのは当然のこと。それらが積み重なった先の大きな結果、最大目標だ。

「日本が決勝に行った場合は無理ですが、それ以外ではどんな大会でも決勝で吹けるようになりたい。『ファイナル=認められる』ということ。たくさんのお客さんが見る決勝で真ん中(=主審)に立ちたいです」

世界大会で主審を当たり前に任されるようになれば、五輪出場も現実味を帯びてくる。レフリー挑戦のきっかけ、原点となった五輪出場は決して甘いものではない。しかし可能性を信じて前進するのみだ。

「ラグビーを始めた時も『無理だ』と言われたけど、5年で五輪出場しました。だからレフリーとしての可能性もゼロではないと思っています。海外の関係者の方も『ラグビーはわかっているから、時間の使い方が大事』と言ってくれる。後先を考えず五輪出場に本気で向き合いたいです」

レフリーとしては各大会決勝で真ん中に立つ(=主審)のが最大目標。

不可能など存在しない。世界初の快挙を成し遂げてくれそうな空気感しか漂っていない。そして、自らの後ろには将来の女子レフリー希望者への道ができることも理解している。

「レフリーは本当に楽しい。フィットネスなどのキツイ練習もやらないといけないけど、その分だけリターンがある。選手のみんなが頑張っているのを一番近くで見られて、それを裁くことができる。最高に光栄なこと。ラグビーに対して、今まで以上に夢中になれています」

2019年のラグビーW杯日本大会以降、ラグビー界に風が吹きつつある。選手たちの熱いプレーに加え、五輪の舞台で桑井がレフリーに立てば、大きな注目を集めるのは間違いない。ラグビーは選手だけのものではなく、関わる人全てにとっての宝物だ。レフリーとして五輪を目指す桑井の動向から目が離せない。夢の実現を見届けたいものだ。

(取材/文・山岡則夫、取材協力/写真・桑井亜乃)

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