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松本、東妻だけではない! 日体大の投手王国はいかにしてできたか① ~辻孟彦コーチに訊く~

ドラフト会議が近づき、以前にも増して目にする松本航と東妻勇輔の文字。2枚看板として日体大を引っ張ってきたふたりも、いよいよ次のステージへと進みます。ふたりの入学と時を同じくして、日体大硬式野球部の投手コーチとなった辻孟彦氏は日体大を卒業後、ドラフト4位で中日ドラゴンズに入団。3年のプロ生活の後、母校のコーチに就任しました。
 
「辻さんは、年齢も近いので相談しやすいです。コーチですけどちょっと上の先輩という感じで話しやすいんですよね。辻さん自身いろいろ調べたりと研究しているんですよ。あれだけ一生懸命教えてくれて、熱心に研究している方についていくと失敗はないと思っているので教えられたメニューをやっています」と東妻投手も全幅の信頼を寄せていた辻コーチ。
 
松本投手、東妻投手が卒業した後も、次々と楽しみな投手が出てくる日体大の“投手王国”はいかにして作られているのか。その秘密に迫るシリーズの第1回です。
 

150キロ超えの投手が6人!? 何を重視して練習をするのか

 
今や150キロを投げる学生も多くなってきましたが、速い球を投げるとそれだけ体にも負担がかかり、故障を防ぐためにはしっかりとしたトレーニングが必要になります。日体大にも150キロを投げられる投手が6人いるそうです。それだけでもすごいことですが、「あるとき『150キロ投げられるようになってからケガをした、という投手がいないことが気になる』と言われて、確かに今考えると、そうだなと思いました」と辻コーチは言います。
 
「ケガのリスクがあるようなことで、ギリギリまで追い込んでいないんですよね。ケガをしている選手以外に練習で何球投げるかという指示はしていなくて、全て選手に任せているんですよ。練習で投げられる子は投げればいいし、投げられない子は投げなければいい。公式戦で投げる体力をつけたいなら、シャドーピッチングなどでも補えますしね。下級生のときは、オープン戦では連投させないですし、中5日は空けるようにしています。投げることに対してリスクがあるなら投げない、というやり方です」

各自に任せる、というのはある意味リスクがあるようにも思えます。今の時代、たとえばSNSなどでも多くの情報を得て自分に合ったやり方なども知ることができて、学生にとって便利な部分もあると思いますが、それと同時に取捨選択を間違うこともあるのではないでしょうか。指導者についても世間の大人たちが様々な意見を述べることで、指導者の学生への接し方も必要以上にデリケートになり、いい意味でも悪い意味でも学生の自由度が増している気がします。
 
「それはありますね。ピッチャーミーティングでたまに言うのですが、“自主性”という言葉がありますけど、“自分でやる”のと“教えてもらう”のはどちらも大事だと思うんです。だって、最初は知らないんですから。いろいろなことを教えてもらって知った上で“自主性”を持ってやれば、教えてもらった中から自分で選ぶわけですから伸びていくんですよね。最初から野放しだと指導者はいらなくなっちゃいますよね」と辻コーチ。
 
「日体大のピッチャーの練習ではそういう取り組み方を目指しているんですよね。1年生にはまず練習メニューであったり、僕の知っている知識を教えて、基本的には繰り返し練習してもらうんです。こちらがやってほしいメニューをやってもらいます。ほとんどが体の動きです。僕はどちらかというとトレーニングコーチのような感じなんですよね。トレーニングが7、フォームなどが3くらいの割合です。これを下級生のうちにしっかりやってもらいます」


 
「3年生になると、試合のこと、配球のこと、フォームのことなどを優先してくるんですけど、4年生になるとほぼ会話で練習メニューを決めるという感じなんですよね。一緒にやるときもありますけど、下級生のときに積み上げてきたものがあるのでそれこそ“自主性”にしやすいんですよ。すでに知識をいっぱい持っているので、自主的にやってもらってもみんな自分で動ける。そして、自分の時間があるときに後輩に教えてくれるんですよ。僕が言っていたのを自分も経験しているので。そんな感じで、いいサイクルになっていると思います。『今、自分が何をしなければならないのか』がだんだんチームの中で浸透している感はあります」
 

下級生のときにしっかり“教えてもらう”ことと“正しい体の動き”を覚え、上級生になると“自分でやる”ことが増えていく。4年間を有効につかっていると感じます。
 
「だから1年生が焦っている様子は全くないんですよ。先輩たちがすごすぎて試合に出られないと思っているから、今練習しようとなっているんですよ(笑)。すごい先輩たちがいて、その先輩たちがまだ成長するから自分たちもしっかり練習しないと、と。目先のことだけを見てはいけない、というのがだんだん浸透しているかなと思います」
 

でも1年から活躍したい、という思いもあるのではないでしょうか。
 
「そうですね。だから最初は焦るかもしれませんね。でも、実際僕は僕の思っているやり方が試合で活躍するための一番の近道だと思っているんですよね。選手って、どこでピンとくるかわからないんですよ。それってもしかしたら僕ではない指導者かもしれないですし、動画かもしれない、テレビかもしれない、本かもしれないじゃないですか。そのハッと気づくときがもしかしたら4年生でくるかもしれない、社会人でくるかもしれない、プロに行ってからかもしれないじゃないですか」

 
確かに、いつが自分のターニングポイントになるかはわからないですよね。
 
「そのときに人はどうするかというと、やってみようと思うじゃないですか。この“やってみよう”は大事なんですけど、もっと大事なのはやってみようと思ったときに“できる体かどうか”なんですよね。“できる体を作る”というのは、知識が未熟でもできるんです。だから僕は1,2年生でトレーニングをして体を作ってほしいと思っているんです」


 
「動く体、たとえば股関節が動く、肩甲骨が動く、自分がどう動かしているかを理解できている、膝の角度がどうか、足首の角度がどうか、などかなり細かいところまで日体大のトレーニングはやります。それはその角度にした方が力が出るという根拠的なものもあるのですけど、一番は自分の動きを知れば考えられるようになるんです。それが将来なにかでハッと気づいたときに、この動きをやってみようと思ってすぐできるということにつながるんですよね」
 

いつ来るかわからないそのときのために、“できる体を作る”は大切なことなんですね。
 
「よく“化ける”といいますが、化けるにも土台がなかったら化けられないんですよ。せっかくこの動きをやってみよう、と思ったときに体が硬くてできないとか、動かし方がわからないからできないとなると二度手間になってしまいますし、取り返しつかないですよね。自分が“化ける”ための最終的なヒントがどこにあるかは本当にわからないですからね」
 

体を作るというのは何かモノを使ってやるんでしょうか。
 
「かなり使います。今はチューブだけでも何種類もありますし、メディシンボール、ウォーターバッグ、傾斜をつける台などいろいろあります。アマチュアでは、トレーニングより投げる、打つという野球の練習が優先になることもあって、時間がなかったらトレーニングを省略して野球の練習をして終わりというところもあると思いますが、プロではトレーニングと野球の練習というのが同じくらい大事という考えなんですよね。だから、時間がなくてもうまく配分してどちらもやるか、トレーニングを優先することもあるんですね。やっぱり体があってのものですから。僕もそれが大切だと思っている方です」

トレーニングは成功体験を積める

 
「もうひとつトレーニングのいいところは、効果が出やすくて成功体験を積めるところです。たとえば、股関節がどの辺まで動くかというトレーニングがあってやってみたときに、今の自分の状態が知れるじゃないですか。そして、やっていくうちに柔らかくなっていたりうまくなっていることに気づくんですよ、自分で」

確かに、ストレッチひとつでも毎日やっていれば、昨日より柔らかくなっていると実感できます。
 
「投げるとか打つというのは、成功体験が積めるか積めないかはわからないものですよね。100本打ったってうまくなっているかわからない、10日間で1000球投げたって抑えられるかはわからない。調子が良くなったり悪くなったりもしますし、悪かったらモチベーションが下がることもあります。でも、トレーニングは悪化しない、良くなっていくし良くなっても終わりがないので確実に成功体験が積めるんですよね。しかも始まりがみんなバラバラですし、他人と比べるのではなく今の自分と比べて良くなっていればいいんですよね。これを下級生のうちにしっかりやって、モチベーションを高めてほしいと思っています」
 

今までのお話を聞いていると、トレーニングの重要性と4年間を有効に使った練習メニューの必要性を感じますが、ずっとプロを輩出しているチームというのはやはりそういう環境が整っているのでしょうか。
 
「そう思います。勝手にポンッと化けた選手がいて勝った、その選手がプロに行った、でもそれで終わりというのは僕はあまり良いと思わないです。絶対化けるにも理由があると思うので、それを指導者が探して気づいていかないとそういう選手が多くならないですよね。だからずっとプロを輩出しているチームは、ちゃんと教えてもらえる環境でもあるし、自由がきく環境でもあるのだと思います。ずっとサイクルでいい選手が出ているのには絶対理由があると思います」

 

このような指導でドラフト候補も育ててきましたが、日体大は選手としての未来だけではなく、教員や指導者を目指す学生も多いことから、そのような選手にはその選手に合った指導を心掛けているという辻コーチ。たとえば、球速が120キロの選手がトレーニングを重ねて140キロまで出るようになったら、それはその選手にとっては大きな成長です。
 
個々の能力や状況に合った指導で、それぞれの大学生活が充実したものになることは、学生野球として大切なことだと感じました。
 

次回は、手術、そしてリハビリを経て復活した吉高壮投手に焦点を当て、ケガと向き合う選手の指導についての辻コーチのお話です。
 

辻コーチと4年間を歩んできたふたりのドラフト候補の記事もチェック!
 
日体大のドラフト候補、東妻勇輔と松本航、その人物像に迫る

山本祐香
好きな時に好きなだけ神宮球場で野球観戦ができる環境に身を置きたいとふと思い、OLを辞め北海道から上京。「三度の飯より野球が大好き」というキャッチフレーズと共にタレント活動をしながら、プロ野球・アマチュア野球を年間200試合以上観戦。気になるリーグや選手を取材し独自の視点で伝えるライターとしても活動している。記者が少なく情報が届かない大会などに自ら赴き、情報を必要とする人に発信する役割も担う。趣味は大学野球、社会人野球で逸材を見つける“仮想スカウティング”、面白いのに日の当たりづらいリーグや選手を太陽の下に引っ張り出すことを目標とする。

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