スキルコーチ菊池拓斗が目指す「技術が高まることで野球が楽しめる」環境作り

菊池拓斗氏は日米の違いに向き合いつつ『野球スキルコーチ』を職業に選んだ。

高校教師を辞して渡米、複数のアカデミーで個人レッスンにおけるコーチング知識を学んだ。現在はT-Academy代表としてYouTube「タクトtv」での動画配信をしつつレッスンも行う。自らの足を使って得た野球技術、知識、情報を正確に伝え1人でも多くの選手がスキルアップすることを目指す。

~スキルコーチの仕事は個人練習で技術力を伸ばす

「日本にはプロのスキルコーチが圧倒的に少ないです。そもそもスキルコーチの名称も広く知られていないかもしれません。文字通り野球技術(スキル)をメカニクスに沿った理にかなった方法で選手に伝えるコーチのことです。若年層には正しい知識を持ったスキルコーチが必要です。正しい知識やアプローチをする指導者=スキルコーチの数がそのまま日米の差になっていると思います」

スキルコーチは野球技術をメカニクスに沿った正しい方法で伝える。

菊池氏の現在の肩書きはプロ・スキルコーチ。日本球界では耳にしたことのないものだが米国では当たり前の職業として存在する。勉強のため訪れた野球の母国で最初に驚かされたのが、スキルコーチの役割や立場が明確で重要ということだった。

「米国では個人レッスンとチーム練習の2つの柱があります。個人レッスンは技術を伸ばすためにスキルコーチと1対1で行います。チーム練習では実戦的なことやチーム内の決まり事の確認がほとんどで監督(マネージャー)が仕切ります。少しでも上達したければスキルコーチと個別に練習して短時間で効率良くレベルアップを目指します。日本で言う各担当コーチはスキルコーチのことです」

「教え方やメカニクスも含め、スキルコーチのシステム自体が日本とは全く違いました。スキルコーチと選手が個別契約を結ぶスタイルが主流です。選手個々が30分くらいのマンツーマン指導を受けます。小学校低学年から高校生初期年代まではレベルに適した指導が重要です。そのためにはスキルコーチ自身の技量が優れてなければ仕事になりません。各コーチは常にスキルやメカニクスに対する研究を怠らず知識を吸収しています」

選手個々のレベルに合った指導をマンツーマンで行う。

~才能だけに頼らず技術力を伸ばすことが重要

野球、バスケット、フットボールなど、米国スポーツ界では監督はチーム戦術等の担当、スキルコーチは個人技術担当と明確に分担される。ポジションごとにスキルコーチが存在し日常の個人レッスンでのスキルアップを目指す。正しいスキルを伝えるための知識や経験が必要となる。

「例えば打撃に関してはメカニクス・スキルとリアクション・スキルの2つが必要です。メカニクス・スキルは筋力を正しく伝達させること。リアクション・スキルはボールへのアプローチの正確性と速度を高めること。この2つを並行して習得することで打撃パフォーマンスは向上します。そういうことをしっかり伝えられることが重要です」

「我々はプロのスキルコーチです。メジャーでは何をやっているのか。球界最先端では何をやっているのか。どういう意図があるのか。自分自身がそういったスキルを正確に理解していないと伝わらないのでお客さんも来なくなります。スキルコーチとして生活するためには覚悟と準備が必要だと思います」

「レッスンで上達して結果を出す。そういう選手がユース世代で増えればボトムアップにもつながります。技術を学ぶ機会がないまま才能だけに頼って高校、大学、プロに行くのは良くないはずです。技術的に未熟な選手でも伸びる過程を作り出す必要があります、日本球界に必要な部分です」

チーム練習は個々のスキルアップが目的ではない。

~高校教員を辞めてまで渡米したのは

日本のアマチュア球界で経歴を積んでいる途中で方向変換を図った。福島・光南高3年時は4番キャッチャーとして県大会準優勝。富士大では明治神宮大会5度出場を果たす(1試合出場)。西武・外崎修汰は同学年、山川穂高は1年先輩にあたる。大学卒業後は地元で高校教員となり野球部顧問になるが疑問を感じ退職。18年4月に単身渡米、11月までニュージャージー州「High Heat Baseball」など複数のアカデミーでコーチング知識を学ぶ。

「日本野球が大好きで没頭しました。もちろん高校、大学では体育会系という環境で育ちました。高校教員になってからも自分の経験で学んだことを教えていました。渡米を決めた理由は教員を辞めようと思ったことがきっかけです。高校野球の現場では競技人口の減少や怪我・障害の問題などを強く感じました。一人の教員としての野球指導には行き詰まりも感じ、別の形で野球界に貢献できればと思いました」

「それまでは自分の経験や付け焼き刃の知識から指導するだけでした。今考えると押し付けの指導になっていたかもしれません。当時は正しいことをやっているという思いもありました。限界を感じつつあった頃、まずは『米国野球は何がすごいのかを知ろう』と思い渡米しました。それまではメジャーリーグを見ることも少なかったので特別な知識もありませんでした。今考えるとフレッシュな状態で様々な情報を客観的に感じ取ることができたと思います」

選手とコミニュケーションを図り信頼関係を作るのは必須。

~プロのスキルコーチに必要な危機感と責任感

渡米後は午前中に現地の英語学校に行きながら、午後からは個人レッスンの手伝いを行った。土日になるとリーグ戦があるためチームに帯同する。スキルコーチ経験をしながら必要な知識、経験を積み重ねていった。

「レッスン場では小学生の隣で大学生が猛烈に練習している光景が日常茶飯事。練習、試合時間はとても短く効率的で集中できる環境にも驚きました。またスキルコーチは選手の成長に合わせて練習内容を変化させます。上手にできたら大げさに褒めてくれる。選手との濃い関わりが大切だと感じました」

「選手とスキルコーチの距離感が重要です。自ら積極的に選手と会話をして距離を詰めて信頼関係を作ります。声をかけられると子どもたちは嬉しそうにします。またその時の返事や反応の違いで微妙な気持ちの変化にも気付けて関係性が高まります」

「スキルコーチ自身が常に評価されます。日本との違いは選手たちが頻繁にチームやスキルコーチを変えることです。チーム自体が無くなることも多い。そして選手が良い環境を選ぶというビジネスライクな部分もあります。常に選手が集まるように信頼を勝ち得ないといけません。各スキルコーチの中に強烈な危機感と責任感があります」

技術習得によって野球が楽しくなり勝利はその先にある。

~技術習得の先に楽しさと勝利がある

帰国後、「アメリカ研修報告会」と題しSNS等で知り合った方々に会うため全国を回った。野球教室や講演会を通じて日本野球と触れ合う中で見えてきたことがあった。「野球の楽しさを大人が子供に伝えられていないのではないか?」という点だった。

「米国の監督やスキルコーチたちは『選手が楽しんでいるか?』にいつも気を配らせています。子供たちのモチベーションを高い状態に維持すれば技術習得が早くなります。結果が出れば野球がもっと好きになります。そんな楽しさを1人でも多くの人に味わって欲しい。そしてその先に所属チームの勝利があると思います」

「スキルコーチは単純に技術のみを教えるだけではありません。技術を上げることで野球をより楽しめるようにすることも大きな仕事です。米国の良い部分はどんどん取り入れて日本の良い部分とミックスしたい。米国式のスキルコーチ、個人レッスンが多くの現場に浸透して行って欲しいと思います」

今まで馴染みのなかったスキルコーチ、個人レッスンという存在。菊池氏の選択、決断は日本球界の未来に新たな一石を投じてくれるはずだ。

1人でも多くの選手が少しでも技術を高め野球を楽しめる環境が増えていく。レベルアップと野球人気回復の両方に効果があるように思える。

(取材/文・山岡則夫、取材/写真協力・菊池拓斗)

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