車いす、ブラインドなど障害者ボクシング競技の普及が社会に喜びを増やす
障害を背負っていてもスポーツ(=ボクシング)を楽しめる選択肢として車いすボクシングを広げていきたい。将来的にはパラ競技として世界的にスタンダードなものにしたい。
一般社団法人・日本車いすボクシング連盟が発足、競技普及が行われている。団体立ち上げからの中心となっているのは一般社団法人・日本ソーシャルアカデミー。同代表理事・木村忠義氏の思いは、車いすボクシング普及のみにとどまらず社会貢献にも広がる。
「障害者がボクシングのような殴り合いをするのは危険だ、という声を聞きますが乱暴な意見です。ボクシング競技自体が安全性を担保することで成り立っています。視覚障害者によるブラインドボクシングは、2011年の発足から着実な歩みを進めています。車いすボクシングにも同様の可能性があるはずです」
~草加市を拠点にボクシングを通じた社会貢献を目指す
日本車いすボクシング連盟WBC(世界ボクシング評議会)と協力関係を結んでいる。社会貢献活動を目的として設立された非営利団体『WBC Cares』の日本団体『WBC Cares Japan』が日本車いすボクシング連盟をサポート。2021年10月17日、『WBC Cares in SOKA』(埼玉県・草加市文化会館ホール)が開催され同競技が披露・紹介された。
「草加市はボクシング強豪国・モンゴルと友好関係を結び活発な交流をしています。車いすボクシングへの理解が深く協力体制を得られたので拠点にしました。ボクシングを通じて同市への社会貢献活動、町おこし等にも積極的に関わっています。競技普及と共に草加市を住みやすい街にして行きたい」
「草加市の友好都市、米国・カリフォルニア州カーソン市とも協力関係を築いています。カーソン市は治安に不安がある地域ですがボクシングを通じて青少年育成に注力しています。ボクシングジムは街の学校とも言われヤンチャな人間を更生させる力すら持っています。行政とスポーツを結びつけることに取り組む先達として参考にしています」
以前から佐賀、沖縄などでキッズ、ブラインド、車いすなどのボクシングの普及活動を行なっていたが、草加市という拠点ができたことは大きな進歩だ。行政との良好な関係を築くことによって活動の広がりも期待できる。
今年2月13日には長崎県・佐世保市の歴史的建造物、市文化会館でイベント開催。元世界王者の亀田興毅氏、元東洋太平洋王者の坂本博之氏など、多くのボクシング関係者が駆けつけた。また車いすボクシングに生きがいを見つけて真摯に取り組む1人のボクサーとも出会えた。
「前田秀喜さんという車いすボクサーとの素晴らしい出会いもありました。4年前に交通事故で脊髄損傷の大けがを負い一時は死ぬことすら考えたということ。しかし昨年9月に車いすボクシングと出会い生きがいになっているそうです。これこそが今後のボクシングに必要なこと、公共性、公益性だと思います」
~将来性あるボクサーの事故を機にボクシングの可能性を再考した
木村氏と連携して普及に尽力しているのは安河内剛氏。元JBC(日本ボクシングコミッション)事務局長だった安河内氏は、長いボクシング・キャリアを通じ車いすを含めたパラ競技系ボクシングの必要性を痛感した。
「なぜ車いすボクシングが存在しないのか? ブラインド同様に車いすボクシングを普及したい気持ちを持っていました」
JBCスタッフ時代、試合中の事故で車いす生活を余儀なくされたボクサーを間近で見た。車いす、ブラインドなどパラ競技でのボクシングの必要性を強く感じるようになった。
「岡部誠(協栄)の存在が大きいです。人間性も素晴らしく将来が期待された有望選手だったが試合で硬膜下血腫になった。手術をしたが重度の障害で脳の損傷が激しく自力で歩けなくなった。時間が経って兄・繁が押す車いすで会場にやってきた姿を見て、ボクシングに何ができるかを深く考えるようになった」
当時、安河内氏は後楽園ホールで進行係をやっていた。試合後、岡部が控え室に戻ってこなかったため様子を見に行くとリングから自力で降りられない状態。将来を嘱望されていた男はリング渦によりボクシングのみでなく自立歩行すらできなくなった。兄・繁は元日本バンタム級王者ということもあり岡部の事故は大きな反響を呼んだ。
「ボクシングと社会の接点を考えました。どうすれば社会の役に立つのか。例えばレストランに入った時にスロープがあれば障害者ではないが階段などがあれば障害者になる。車いすの人が普通に生活できる街にしたい。ボクシングに公共性、公益性を持たせたい。その中で車いすボクシングを普及させたいと痛感した」
「車いす、ブラインドという障害者ボクシングがある環境を作りたい。知名度や信用度を高めるため形式的にはパラ競技化したいというのはあります。しかし根本は障害者でも生涯を通じてスポーツを楽しめる環境を作りたいということです。車いすテニスやバスケの子が二刀流でボクシングをやっても良いと思います」
~専用グローブ、リング、車いすなど道具もイチから開発
ブラインドボクシング選手は増加しているが、車いすボクシングに本腰を入れている選手はまだ少ない。普及活動等は前進しているものの競技自体の浸透はこれからになる。競技としての基本を伝えながら大会、イベントを並行して行う。その中で重要なのが専用グローブ、リング、車いすなど道具の開発だ。
「車いすボクシングという従来はなかった種目なので、障害者への理解、指導者の育成など必要なことはたくさんあります。しかし一番大事なのは安全性を担保することで、そのために重要なのが道具の問題です。競技をする人たち、周囲が安心感がある状態でやれるようにすることが重要です」(安河内氏)
「車いすを操作しやすいグローブ、車いすのままリングインできるリングなど1つずつ道具開発もしています。車いすに関しても試行錯誤しています。これまではバスケ用を使っていてサンドバックを叩くと反作用で下がってしまいます。形にはなりつつありますが改良の余地も多い。道具の問題もこれからも色々と出てくるので臨機応変に対応したいと思います」(木村氏)
安全性を担保できる道具開発と普及活動を並行して行いつつ競技種目の認知度を上げる。老若男女を問わず生涯スポーツとして楽しめるものにしていくのが最大の目的だ。
「次回2024年パラリンピックまで予選を考えれば2年を切っています。時間がない中で早急に動かないといけません。パラ競技になることで世間的注目、知名度は段違いになります。競技への理解度も深まり環境はどんどん良くなるはずです。前進あるのみだと考えています」(木村氏)
コロナ禍、紛争問題、少子化、高齢化社会など数え上げればキリがない。現代社会は数多くの難題に直面、暗くて息苦しく感じるかもしれない。しかし個々にとって少しだけでも『生きがい』を感じるものが存在すれば、明るい未来が見えてくるはず。スポーツにできることは多いが、その中でもボクシングの秘める可能性は大きい。
2021年の東京パラリンピック。アスリートたちの全力パフォーマンスは見ている我々の胸に強く刺さるものがあった。他競技同様、車いすやブラインドなど障害者ボクシング競技のさらなる普及は社会に更なる喜びを増やしてくれるはずだ。
(取材/文・山岡則夫、取材/写真協力・一般社団法人日本車いすボクシング連盟)