「甲子園を目指さなかった」渡邉一生が切り開く未来〜仙台大に現れた”個性派”ルーキー左腕コンビ(後編)
今春、仙台大でデビューを果たした二人のルーキー左腕。前編では、独自の投法を極める樫本旺亮投手(淡路三原)の挑戦に迫った。後編では、樫本の最大のライバルとも言える渡邉一生投手(日本航空/BBCスカイホークス)を取材。高校野球の強豪校から通信制高校に転校し、クラブチームを経て入学した男が描く青写真とは―。
前編はこちら
天王山で衝撃のデビュー
樫本のデビューから約1ヶ月半後、もう一人のルーキーがベールを脱いだ。5月23日、勝てば優勝が決まる東北福祉大との一戦。2-3で迎えた5回の頭から、3番手としてマウンドを託された。初球から147キロを計測すると、その後も150キロ近いストレートを連発。身長172センチと小柄な左腕が投じる豪速球に、スタンドからはどよめきも聞こえた。
一死二塁のピンチでは、相手の強力クリーンアップと対峙した。リーグ屈指の強打者・杉澤龍外野手(4年・東北)は左飛に打ち取ったが、続く4番・戸高誠也捕手(4年・九州国際大付)には甘く入ったストレートを捉えられ2ランを献上。5番・甲斐生海外野手(4年・九州国際大付)には四球を与え降板した。
「ホームランを打たれた後に修正が効かず、四球を出して交代というところが、経験、実力不足だと感じた」と自己分析する一方、「自分がいるぞという印象は残せたと思う」と手応えも口にした。1週間後の新人戦でも、決勝の東北福祉大戦に登板。3点リードの7回一死一、二塁の場面で継投しこのピンチをしのぐと、9回に崩れ負け投手になったものの、公式戦では初となる150キロを計測するなど存在感を示した。
コンスタントに球速の出るストレートを軸に、カーブやチェンジアップも有効に使いながら投球を組み立てる。マウンドでは三振を奪った際などに雄叫びをあげ、感情を爆発させる。「気持ちの出し過ぎはよくないので、これからは冷静に投げたい」と言いつつ、「自分のスタイルは曲げたくない」と強気の投球は自身の持ち味だと自負している。
聖地を目指さなかった高校生活最後の1年
大学でのデビュー戦は、渡邉にとっては高校2年の秋以来の公式戦だった。高校3年時、高校球児の多くが憧れる甲子園を、目指さない選択をしたからだ。
横浜市出身の渡邉は、父の影響で小学1年の頃から野球を始めた。当時から目標は「プロ野球選手になること」。投手として頭角を現すと、高校は地元の強豪・日大藤沢に進学。1年夏からデビューを果たし、順調に夢に向けての歩みを進めていた。
しかし、自身はどこかモヤモヤを感じながらプレーしていた。「甲子園にこだわらなくても、甲子園に出なくても、プロ野球選手にはなれる」。甲子園出場が夢への近道とは限らない。プロに行くための高校3年間をどう過ごすべきか、日々模索し続けた。2年の春には左肩を痛め、外野手での起用が増加。投手へのこだわりが強かったこともあり、ますます気持ちが甲子園から遠ざかった。
そして2年の冬、高校を辞める決断を下す。日本航空高の通信制課程で学びながら、父に勧められて入団したクラブチーム「BBCスカイホークス(現・GXAスカイホークス)」で野球を続けることになった。スカイホークスは日本野球連盟には所属せず、大学生などとのオープン戦のみを行うチーム。一度挫折した選手らにステップアップの機会を提供しており、渡邉のような強豪校を離れて野球を続ける高校生の受け皿にもなっている。
スカイホークスは自主練を重視するチームで、以前と比べて「自分の時間」が増えた。メディシンボールを使ったトレーニングや初動負荷トレーニングに力を入れたことで、球速は入団後約6キロ伸びた。また、副島孔太監督(元ヤクルトなど)ら元プロ野球選手の指導者から助言を受け、メンタル面も強化。練習で培ったものを実戦で試す中で、着実にレベルアップしていくのを感じていた。
徐々にプロのスカウトの目にもとまるようになり、多いときには7球団のスカウトがオープン戦の視察にきた。ドラフト候補にも挙がったが、指名はなし。「(プロに行くのは)今じゃないのかな」。悔しさは残ったが、高校時代から知り合いだった佐野怜弥投手(1年・北照)に誘われ進学した仙台大で、再びプロを目指すことに決めた。
ライバルと切磋琢磨する喜び
「スピードだけじゃ野球はできない」。仙台大では、投手陣のレベルの高さに驚いた。140キロ台後半の球を投げる投手はゴロゴロいて、「打たれない、負けない」投手は精度の高い変化球や投球術も兼ね備えていることを知った。また、同級生には先にリーグ戦デビューを果たした樫本がいる。「これまで左のライバルに出会ったことがなかった。タイプは違うが油断はできない」と、闘争心を燃やしながらも高め合っている。
樫本について聞いている際、「勝たなきゃいけない存在が、福祉大にもいる」と、自ら一人の投手の名前を挙げてくれた。東北福祉大の堀越啓太投手(1年・花咲徳栄)だ。春季リーグ戦では4試合に登板し、150キロ台のストレートを連発。防御率0.00で優秀新人賞を獲得すると、全日本大学野球選手権では大会最速の154キロをマークし、その名をとどろかせた。
渡邉はそんなスーパールーキーが気になって仕方がない。リーグ戦期間中には連絡先を交換。試合前に「今日投げるの?」などとメッセージを送ることもあった。「ああいうすごいピッチャーが同じ連盟にいることは刺激になる。追い越して、追い越されないようにしなきゃいけない」。ライバルたちとの切磋琢磨を楽しみながら、自分自身を奮い立たせている。
目標は「160キロを投げるメジャーリーガー」
野球を始めた当初から、「常に高い目標を持つ」という信念を曲げたことはない。中学、高校とその世代の日本代表入りを目標に練習に取り組み、現在も大学日本代表入りを目指している。そして何よりも大きな目標は、小学生の頃から胸に抱く「プロ野球選手になること」。さらに、「(メジャーの選手は)日本人にはない圧倒的な体格とパワーを持っている。勝てないのでは、という相手に立ち向かいたい」との思いで、いつの日かメジャーリーガーになることも思い描いている。
球速へのこだわりも人一倍強い。目標の球速を聞くと「155キロ」と答えたが、その直後に「160キロを投げたい」と修正し、より高い目標を掲げた。成長するために選択した「甲子園を目指さない」道。選択が間違いではなかったと証明するため、渡邉は腕を振り続ける。
(取材・文・写真 川浪康太郎)