2023年箱根駅伝  監督人物像~監督・選手の繋がりにも注目~

学生三大駅伝と呼ばれる、出雲駅伝、全日本大学駅伝、箱根駅伝。出雲駅伝(10月10日 出雲大社~出雲ドーム)、全日本大学駅伝(11月6日 熱田神宮~伊勢神宮)では駒澤大が圧勝した。学生駅伝の強豪として知られる駒澤大だが、三冠はまだ達成したことがない。2023年の箱根駅伝で駒澤大として初となる学生駅伝三冠を目指す。

駒澤大が学生駅伝の強豪に成長したきっかけは1995年の大八木弘明コーチ(当時)の就任だ。駒澤大の変革を故・森本葵氏から託され、強豪校に成長させた。現在の箱根駅伝出場校では当たり前となった栄養バランスが取れた食事、規則正しい生活を送るための学生寮、酷暑を避け練習に集中する長期間の夏合宿。大八木氏は実業団の手法を持ち込み、駒澤大は一気に強豪校に成長した。

その後、多くの大学が追従し、実業団出身の監督が増加。今では実業団出身の監督が主流となった。

では箱根駅伝に出場する20校の監督はどんな道を歩んで今に至るのか。その経歴を探ってみた。

実業団経験者が19名、オリンピアンも

20人中、19人が大学卒業後も競技を続けた実業団経験者だ。2022年は16人だった。

出身チームを見ると強豪が並ぶ。箱根駅伝の前日、1月1日に行われる全日本実業団駅伝で優勝したチームの名前が多くみられる。距離が100kmに延長された2001年以降の優勝チームであれば2022年に初優勝したホンダ、そして富士通、旭化成、コニカミノルタ、日清食品、中国電力。これらのチーム出身者が11名、半数以上を占める。2001年以降の優勝チームはこの6チームにトヨタ自動車を加えた7チーム。トヨタ自動車出身の監督はいないが、駒澤大・高林祐介コーチなどのスタッフはいる。7チームすべてから箱根駅伝出場校の指導者が出ていることになる。

多様な経歴を持つ2023年箱根駅伝出場校の監督

先述のチーム以外にも名を知られたチームが並ぶ。専修大・長谷川淳監督が所属したSUBARUは2022年全日本実業団駅伝2位。コースの一部である群馬県太田市を拠点とするチームの活躍に地元が沸いた。

東海大・両角速監督が所属した日産自動車は1989年に優勝している。3名が所属したヱスビー食品は1988年まで4連覇。早稲田大・花田勝彦監督、城西大・櫛部静二監督らの現役時代は旭化成と優勝争いを繰り広げた。

山梨学院院大・飯島理彰監督と両角監督が所属したダイエーも記憶に残る人が多いだろう。ソウル五輪・バルセロナ五輪マラソン4位の中山竹通選手が所属したチームだ。全日本実業団駅伝では最高3位、駅伝よりマラソンが印象に残っているファンが多いかもしれない。

一方でマラソン・長距離の強化を終了した企業も多い。先述した日清食品、ヱスビー食品、日産自動車、ダイエー。そして雪印、JAL AGS、八千代工業の7チームだ。現役選手として活躍していた時にチームがなくなり、移籍を経験した監督もいる。そしてさらに移籍先が活動を終了した監督も。企業が本業で利益を出し続けながら運動部を運営し続けることの難しさと意義を考えざるを得なかっただろう。

師弟対決に注目、上位候補にも

2023年箱根駅伝では師弟対決にも注目したい。

國學院大・前田康弘監督は駒澤大出身、当時コーチだった大八木監督の指導の下で箱根駅伝初優勝のメンバーとなった。11月の全日本大学駅伝では國學院大は2位、師弟で1・2位となった。東京国際大・大志田監督、創価大・榎木監督もかつて中央大でコーチと選手として、箱根駅伝優勝を経験している。

先述の師弟対決は昨年も見られた。新たに加わったのが東海大・両角速監督と立教大・上野裕一郎監督だが、大学での師弟ではない。両角監督が佐久長聖高(長野県)の監督だった時に上野監督が同校に入学。高校時代から本格的に陸上競技を始め、超高校級の選手に成長した。

監督同士ではなく、監督対選手の師弟対決もある。

仙台育英高の監督から転身して1年目の大東文化大・真名子圭監督。かつて初の学生駅伝三冠を達成した名門を箱根に復帰させた。

仙台育英高は全国屈指の強豪校。12名の卒業生が箱根駅伝にエントリーされている。うち大東文化大が3名のため、残り9名が出場すれば師弟対決となる。特に注目されているのは中央大の吉井大和選手(3年)と駿恭選手(1年)の兄弟。中央大・藤原正和監督は真名子監督の実業団選手時代(ホンダ)の同僚だ。

師弟対決は変化の激しい近年の箱根駅伝の象徴とも言える。連続出場を続ける伝統校は卒業生を監督に招聘することが多い。一方、新興校や長い間出場を逃していた大学は卒業生以外から指導者を迎えることになる。伝統校と新興校、連続出場してきた大学と久々に出場する大学。高校の指導者や他校の卒業生から指導者を受け入れる大学と、実績のあるチームを後に託し新たな挑戦をする指導者。これらが師弟対決を生んでいる。

元同僚対決にも注目、早稲田・エスビー同期対決も

大東文化大・真名子監督と中央大・藤原監督以外にも実業団時代の元同僚対決がある。

全日本実業団駅伝のコースが100kmに変更された2001年、東洋大・酒井俊幸監督から法政大・坪田智夫監督へのたすきリレーが見られた。コニカ(現コニカミノルタ)のアンカー坪田監督が6区酒井監督からたすきを受け、初優勝のゴールテープを切った。2名とも区間賞を獲得する力走だった。

早稲田大・花田勝彦監督、城西大・櫛部静二監督は早稲田大・エスビー食品で同期。花田監督はアトランタ五輪・シドニー五輪に出場。20名の監督の中で唯一のオリンピアンだ。この2人は4年連続箱根駅伝出場、3年時には優勝も経験した。エスビー食品時代も全日本実業団駅伝に複数回揃って出場し、最高順位は2位。早稲田大時代含めて複数回のたすきリレーを経験している。

創価大・榎木監督と明治大・山本佑樹監督は旭化成の同僚。2人とも故障に苦しみ全日本実業団駅伝に出場することはなかった。その経験は現在の指導に活きているだろう。

高校の指導者から転身 ~3名は実業団も経験~

先述の大東文化大・真名子監督のように高校の指導者から転身する例も増えている。

日本体育大・玉城良二監督は高校で指導実績を残した後に母校の監督に転身。公立の長野東高校で女子を指導、全国屈指の強豪に成長させた。諏訪清陵高時代には第1回全国高校女子駅伝に出場した。12月に行われた全国高校女子駅伝は34回目。指導歴の長さを知ることができる経歴だ。

東海大・両角監督はダイエー退社後、強化に乗り出した佐久長聖高に赴任して一からチームを立ち上げ、強豪に成長させた。複数名の高校記録保持者を輩出、東京五輪マラソン6位の大迫傑選手も佐久長聖出身だ。玉城監督は同じ長野県でその躍進を見ていただろう。大会で顔を合わすこともあったはず。どんな会話がされていたのだろう。

選手を引退した後、母校・学法石川高(福島県)で監督を務めたのは東洋大・酒井監督。前任者の川嶋伸次前監督の退任が急だったこともあり、就任に至るまで苦労も多かっただろうが、その後東洋大、学法石川高とも強豪校となった。10000m日本記録保持者・相澤晃選手(旭化成)は学法石川高、東洋大出身だ。

高校の指導者から転身、その後は?

12月25日に男女同日開催で行われた全国高校駅伝でこの4名が監督を務めた4校すべてが入賞。女子は長野東が初優勝。玉城監督も届かなかった偉業を達成した。男子は佐久長聖が2位、日本高校最高記録※を更新した。そして仙台育英が5位、学法石川が8位。
※日本人選手のみのチームの記録のみが日本高校最高記録として認められる

佐久長聖・高見澤勝監督、学法石川・松田和宏監督も箱根駅伝経験者だ。高見澤監督は佐久長聖から山梨学院大に進み3年連続出場、日清食品で活躍。松田監督は4年連続2区を走った。創価大・榎木監督と同期で3年時には4年連続区間賞の榎木監督とともに優勝メンバーとなった。卒業後はダイエーに入社するも活動休止したため、佐川急便(現SGホールディングス)に移籍した。

学法石川高の卒業生の活躍の場は松田監督の母校・中央大、恩師の大志田監督の東京国際大、中央大の同期・榎木監督の創価大だけでなく、青山学院大、明治大など多岐にわたる。

ある高校の指導者は「練習内容や雰囲気を知らない大学は勧められない」と言う。多くの大学に選手を送り出しているということは、多くの大学の情報を得ているということだとも言える。大東文化大・真名子監督が結果を出せた要因の一つが結果を出している他の大学の練習内容を知っていることなのかもしれない。

長野東・横打史雄監督は信州大出身のため箱根出場経験はないが、4年時に全日本大学駅伝に出場した。横打監督が出場した第31回(1999年)の出場選手を確認すると、23年箱根駅伝出場校の監督が4名。國學院大・前田監督(駒澤大)、中央大・藤原監督、大東文化大・真名子監督、法政大・坪田監督の名前を見つけることができた。他にも全日本実業団女子駅伝で優勝した資生堂・岩水嘉孝監督など、実業団・大学・高校で活躍する指導者が多い。

この世代は企業や官庁でもリーダーとして活躍する年齢だ。活躍する指導者が多いのが自然なのかもしれない。

また日本大のメンバーには俳優の和田正人さんの名前もあった。駅伝に対する思いを語ることも多い。選手だけでなく、かつて同時期に選手として活躍した指導者にも注目しているだろう。

人と人の繋がりが生む成長に注目

こうして監督の経歴を眺めると、多様な経歴を持つ監督がいることに加え、様々な繋がりも持っていることがわかる。

実業団での選手経験・指導経験、高校での指導経験。そして企業の社員としての業務経験、高校の教員としての部活動以外の経験。経験や知識だけでなく、培った人脈も活かしてチームを運営している。

人と人の繋がりが新たな機会や成長を生む要因になるのはビジネスでもスポーツでも同じ。駅伝はチームで戦うが、走るときは1人。人と繋がりながらも個性を出しやすい競技だ。様々な背景を持つ指導者と選手がチームの枠も超えて繋っていくことが箱根駅伝のレベルアップの要因の一つかもしれない。

1月1日には全日本実業団駅伝が行われる。指導者や選手の繋がりにも注目して3日連続の駅伝観戦を楽しみたい。

(文・坂下 しん)

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