2030年へ向け準備が進む、島根の聖地・浜山公園野球場
島根県立浜山公園野球場(以下浜山)が大幅リニューアル、改修前の老朽化した姿が嘘のように生まれ変わった。
2030年の国民スポーツ大会(旧国体)ならびに全国障害者スポーツ大会の島根開催が決定。野球メイン会場としての使用に向け準備が着々と進んでいる。
浜山は1974年に完成、数々の熱戦が繰り広げられてきた球場。しかし築後40年以上が経過、老朽化が進行していた。また更衣室といったバックヤード部分に関しての不備も、常に取り沙汰されていた。時代に即した球場への改修は、関係者にとって長年の悲願でもあった。
「浜山には特別な思いがあります。1982年(昭和57年)『くにびき国体』の高校野球メイン会場であり、島根における野球の聖地です」
島根県高等学校野球連盟・専務理事の山﨑慎司氏は、浜山の存在意義について語ってくれた。
「数多くの名勝負が繰り広げられ、名選手を輩出しました。また東西に長く伸びる島根県の特性から、県中央部に近い出雲市に位置することも存在価値を高めています。昭和時代を感じさせるノスタルジックさも人気です」
~試合中の選手がスタンドを通ってトイレへ
出雲大社の近くに位置、松林に囲まれた球場には独特の雰囲気が漂っている。改修前はメインスタンドに六角堂が隣接されるなど、風情のある佇まいがあった。しかし屋根がないため、天候によっては過酷な観戦環境にもなった。また球場内トイレも当初は1か所のみ(のちに簡易トイレ等を設置)だったという。
「更衣室がないので選手は球場外の敷地内で待機する。日陰に座っている球児の姿が夏の風物詩でした。試合中の選手はスタンドや球場外を通ってトイレに行っていた。また素振り室がないので、県内ローカル・ルールでイニング間にベンチ前での素振りが許可されていました」
「2015年、有志の方々が44,344筆の署名を添え島根県知事に改築整備を要望しました。高校球界としても草の根ながら協力させていただきました。多くの署名から、野球人たちの熱意を感じました。そして2018年にメインスタンド改修工事が完成しました」
~島根野球のレベルアップにつながる
改築後のメインスタンドは鉄筋コンクリート造3階建てにリニューアル。個別席2,744席(球場全体の収容人数12,000人)、鉄骨屋根、観客用トイレ、多目的トイレ等が完備された。また、球場内バックヤードも更衣室、シャワー室、選手用トイレなど、他県に負けない充実設備となった。
「素振り室ができたことで、控え選手が試合の状況を見ながら準備できます。仮に天気が悪くても屋根下でのアップも可能。万全な状態を整えて出場できるので、試合の質も向上しています。島根県全体のレベルアップにつながっているはずです」
「改修が終わったのはコロナ禍で球場内での入場区域を区別・制限する対応が求められた時期でした。十分な量の観客席、バックヤードの多くの部屋のおかげでスムーズに対応できました。運営面においても非常に助かりました」
~谷繁伝説を生み出した場所
山陰放送で高校野球実況を続けるのが山根伸志アナウンサー。取材者の立場で長年に渡って浜山へ足を運んでいる。
「島根、鳥取両大会をラジオ、テレビを通じ中継しています。様々な球場へ足を運んでいますが浜山は独特の雰囲気。放送席はバックネット裏スタンドに設置、屋根がないのでテントを立てて中継をしました。雨、風に苦労した思い出があります」
「バックヤードは、プロ野球開催実績のある松江市営球場(以下松江)が優れている。屋根もあり中継もやりやすい。それでも浜山には特別な思いがあります。球場形状から応援席がダグアウト真上にあり、声援がダイレクトに届いたのも良いですね」
山根氏にとって印象深いのは、88年江の川高(現・石見智翠館高)谷繁元信(元横浜、中日)の大活躍。島根大会5試合全てで本塁打を放ち、予選通算7本塁打を記録した。
「のちにプロで活躍する選手の実力を知りました。センターライナーだと思った打球が伸びて、浜山のバックスクリーンに入った。当時の印象が強いので、浜山は高校野球という感じがします。松江は小中学生から草野球まで、アマチュア野球全体の球場というイメージ」
~野球の神様に見られている球場
県内有数のベースボール専門店マツウラスポーツ。甲子園常連の開星高、石見智翠館高をはじめ、多くの学校をサポートしている。経営者の松浦康之氏自身も浜山でのプレー経験を持ち、子供の頃から憧れの球場だったと語る。
「同県出雲市平田町出身。立地的にも松江より浜山が身近で、小学生の頃から大きい大会の開催場所だった。地域予選を勝ち抜き浜山でプレーすることが常に大きな目標でした」
「改修前は古くて狭い球場。でもグラウンドに立つと独特の不思議な空気感を感じました。山の中にあって松林に囲まれた球場は、出雲大社や県内の古豪・大社高がすぐ近く。野球の神様に見られているような感じがします」
松浦氏は仕事柄、アマチュアの全国大会やプロ野球に足を運ぶことも多い。甲子園球場をはじめ、全国の球場を目の当たりにする中で常に浜山改修を望んでいたという。
「例えば、島根の学校が甲子園出場しても結果が出にくい。球場サイズの違いも理由の1つではないか。外野フライだと思った打球がスタンドに届いてしまう。守備位置等も含め、野球の質が異なることでレベルアップが阻まれている部分もあると思います」
~公認野球規則に沿った球場への道
メインスタンドの改修を終えた浜山は、現時点で島根No.1球場となった。しかし両翼91mと公認野球規則の98mより狭く、他県に数多くある両翼100m規模とは比べものにならない。次なる目標は球場サイズを広げることだ。
「バックヤードやスタンドは素晴らしいものになった。次は選手が実際にプレーするグラウンドを整える必要があります。最低でも公認規則に沿った環境でプレーしてもらいたい。色々と難しいとは思いますが、球場が広くなって欲しいと思っています」(山﨑慎司氏)
島根の聖地から全国へ誇れる球場へ、浜山は一歩ずつ全国レベルの箱に近づきつつある。現時点でも島根県の野球人にとって憧れの球場だからこそ、公式サイズへの改修が望まれる。
「長年に渡って夏の高校野球の準決勝以降は浜山開催でした。しかし昨年は『中学生などにも使って欲しい』ということで、高校野球で独占せずに解放、高校野球は松江開催になった。浜山は島根の野球人みんなの憧れです。稼働率が上がるとグラウンドの状態維持も難しいでしょうが、みんなで大事にしていきたい」(山根伸志氏)
「最終的には二軍でも良いのでNPBや大学トップレベルの試合開催をして欲しい。実際に見るだけでも参考になるし、同じ球場でプレーできることもモチベーションになる。野球をするだけではなく、多くのものを発信できる『真の聖地』になって欲しい」(松浦康之氏)
大規模大会開催へ向け、地方自治体がスポーツ施設を建設する「箱物行政」に対する批判は多い。しかしプロスポーツが身近ではない地域の人々にとって、そういう箱が大きな存在感を発揮している場合も多い。浜山改修は島根の野球人にとって大きなパワーを与えている。可能ならば早急な球場拡張が行われ、全国規模のサイズになって欲しいものだ。
(取材/文/写真・山岡則夫、取材協力・島根県高等学校野球連盟、特定非営利活動法人出雲スポーツ振興21)