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ヨーロッパで「野球に生きる」。オーストリア代表を率いる坂梨広幸監督

広尾晃のBaseball Diversity15

WBCによって世界の野球事情に対する関心が日本でも高まっているが、世界には、日本人監督が代表チームの指揮を執る国もいくつかある。野球オーストリア代表を率いているのは、坂梨広幸監督だ。どういう経緯で監督を引き受けるに至ったのか、どんな指導をしているのか、話を聞いた。

「福岡県福岡市博多の出身です。物心ついたころ、ホークスが福岡に来たのを覚えています。小学校で町内のソフトボールチームに入り、中学では軟式野球。高校は県立の福岡中央高校です。進学校でしたが、ファーストを守っていました。夏の予選は1つ勝って3回戦まで行った程度ですね。

そのころはプロ野球選手なんて考えていなかった。教師になろうと思っていて、山口大学人文学部に入り教職課程も取得しました。野球は硬式ではなく軟式野球部に入りました。見学に行って楽しそうだったので」

「オーストリアに来ないか?」

大学4年のときに、坂梨氏の転機になるイベントが行われた。

「世界少年野球大会が山口県宇部市で行われたんですが、うちの大学にサポートしてほしいと言う話があって、硬式野球部が断って軟式野球部が手伝うことになった。

僕はアシスタントとして参加していたのですが、その最終日に、外国からきた子供たちやスタッフの人々と一緒に食事をする機会がありました。その時にたまたまオーストリアの人の横に座ったんです。その方が“オーストリアで野球をやりたくないか?”と話しかけてきたんです。

その人は僕がどんなプレーをしているかも知らなかったようですが(野球先進国の)日本の選手をとにかく連れて帰りたかったようです。

僕はたまたま教員採用試験に落ちていて、就活とかもしていなかった。その先に何かしようというイメージが全く見えてなかったので“じゃ、行きます”と返事したんです」

もう1年、もう1年が続いて20年

親にも了承を得て、大学卒業後、坂梨氏はオーストリアに渡る。2004年、22歳のときだ。

オーストリアには上部、下部の2つの野球リーグがある。プロ野球ではないが、一定の報酬や経費が支払われる。アメリカ、日本などからも選手がやってくる。

坂梨氏も投手としてオーストリアベースボールリーグに参加した。

「イメージも全くないままに行ったのですが、グラウンドが平らではなかったし、あちらはサッカーが盛んなのですが、サッカー場を半分に仕切ってダイヤモンドにしていました。

僕が最初に所属したチームにはいろんなレベルの選手がいて、テニスをやめて今年から野球を始めたと言う28歳の選手もいた一方でアメリカから来た90マイル(145㎞/h)近くを投げる投手なんかもいました。

僕はそんなに球速は速くなかったですが、そのシーズンはそこそこ通用した。収入は月に300ユーロ程度、それでは飯が食えないですが、何とかやりくりをして1年目のシーズンを終え、来年も来てくれと言われました。現地の選手たちはWBCに出場したチェコと同じように仕事や学生をしながら年会費を払って野球をしています。報酬をもらっているのは助っ人でくる外国人くらいですね。いったん日本に戻って、親とも相談してもう1年行くことにしました。もう1年、もう1年が続いて22年目になったわけですね」

2022年、坂梨監督率いるワンダラーズはオーストリア 一に輝く(坂梨氏提供)

監督としてチームを優勝に導く

3年目の2006年シーズンのオフに、ダイビングダックスというチームから「監督にならないか」というオファーを貰う。

「OKですって言って、旅券とか全部用意していたら、やめる選手が続出してチームが作れなくなった。5人の仲間と困っていたらワンダラーズというチームが、取り残された5人に来ていいよ、と言ってくれてこのチームに入ることになりました。給料は500ユーロに増えました。2009年からこのチームの監督になって、就労ビザも正式にとれるようになりました」

2022年、坂梨監督率いるワンダラーズは東地区で26勝2敗という圧倒的な成績で優勝。プレーオフでも準々決勝、準決勝を勝ち抜き、決勝でも西地区優勝のドルンビルンに勝って「シュタットマイスターシャフト」の称号を得た。

坂梨氏の指導者としての能力が評価されて2014年にはオーストリアのU-21監督に就任する。そして翌2015年にはフル代表とU23の代表監督に就任する。

WBSC(世界野球ソフトボール連盟)での最新のランキング(3月23日)ではオーストリアは27位になっている。WBCに優勝した日本は1位、台湾が2位、WBC準優勝のアメリカが3位だ。ヨーロッパではオランダが8位でトップ。

WBSCのランキングはトップチームだけでなく各カテゴリーでの成績も加味される。このランキングが必ずしもトップチームの実力を反映しているわけではない。しかしオーストリアは、しっかり野球が根付いている国だとは言えよう。

WBC出場への道は遠い

「WBCはMLBとMLB選手会が主催していますが、予選に出場するには主催者側から招待されなければなりません。第5回大会では、ヨーロッパ勢としてはイタリア、オランダ、イスラエルが予選免除、スペイン、ドイツ、フランス、チェコ、イギリスが予選に参加し、チェコとイギリスが予選を勝ち抜いて本戦に出場しました。

ヨーロッパ選手権が2年に1度行われるのですが、これで上位に来ないとWBCに出るのは難しいですね。最近、オーストリアは打撃の面では、他のヨーロッパの国とそん色がないようになってきました。ただ投手力がちょっと手薄ですね」

坂梨氏はリーグ戦を戦うチームの監督と、代表監督を兼任し、忙しい日々を送っている。

「代表チームは9月に大会があって、その大会に向けてのキャンプが年に2回あります。そのために各チームを回ってスカウティングをするのも僕の役割です。それ以外の日は今所属するワンダラーズの指導をしています。さらにオーストリアのベースボールアカデミーでも教えています。オーストリアチームのレベルと情熱が一緒に上がってくればいいなと思っています」

代表監督としてノックバットを振るう(坂梨氏提供)

日本野球出身の坂梨氏はオーストリアでどんな指導をしているのだろうか?

「バントの練習とかは一応やりますが、試合ではバントのサインを出すのは終盤にどうしても走者を進めたいとか、タイブレークのタイミングとかに限られます。

むしろ僕自身がホームランを打ちたいとずっと思っていたので、その気持ちで指導しています。大量得点を挙げたい。そのために長打率を上げたいと思っています。

几帳面な日本人に比べてオーストリアの選手は、同じことをひたすら続けるのは苦手ですね。だから集中力が切れないように練習メニューも細かく区切るようにしています。

実は僕は、まだ現役でもあるんです。さすがに投手はやっていませんが、外野と一塁を守ったりDHで出たりしています。選手に混じって練習もしているので、まだ通用します。もちろん、オーストリア代表にはなれませんが」

ワンダラーズで打者としても活躍する坂梨氏(坂梨氏提供)

「オーストリアの名将」を目指して

筆者が坂梨氏に出会ったのは、昨年11月末から1か月間、沖縄県で行われた「第1回ジャパンウィンターリーグ」のグラウンドだった。

坂梨氏は普通の野球チームでいう「監督」に当たる「ゲームコーディネーター」として選手起用や試合の指揮を執り、選手の指導に当たった。ジャパンウィンターリーグには社会人、大学、独立リーグ、クラブチームなど様々な出自の選手がやってきていた。またアメリカ、ウガンダなどから外国人選手もやってきていた。こうした多様な属性の選手に、平等に出場機会を与え、アドバイスを与えるには、坂梨氏はまさに適任だと言えるだろう。

「ジャパンウィンターリーグの鷲崎一誠代表とは、アメリカのトライアウトリーグであるカリフォルニアリーグで出会ったんです。お互いに野球が好きで、世界で活躍するチャンスを求めていたので、意気投合したんですね」

ジャパンウィンターリーグでの坂梨氏(広尾撮影)

日本人は「野球で生きる」というと甲子園、大学、プロ野球というイメージを持っているが、広い世界に目を転じると様々な生き方があることが分かる。

今回のWBCではオーストリアの北に隣接するチェコ共和国が本戦に初出場した。多くの選手が医師やサラリーマンなど本職と掛け持ちをする選手だったが、それでも日本戦などで善戦し、相手をリスペクトするプレーぶりも爽やかな印象を与えた。

近い将来、オーストリアも実力を蓄えてWBCに出場し活躍することも夢物語ではないだろう。そうなれば坂梨氏は「オーストリア野球の名将」として讃えられるだろう。それも夢のある話ではないだろうか。

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