二刀流医学生「150キロを出せば、悔いなく終えられる」 “準硬式野球を選んだ”男たちの大学ラストシーズン
4月8日に開幕した東北地区大学準硬式野球春季リーグ戦。一部リーグでは、今春も山形大医学部、東北学院大、東北大、青森大、仙台大、東北工業大の6校による熱戦が繰り広げられている。最上級生のほとんどは秋を前に引退するため、彼らにとっては今春が最後のリーグ戦となる。リーグ戦も中盤に差し掛かった22日、大学ラストシーズンにかける男たちを取材した。
準硬式野球界のスターも最後の春
「今のところ、野球は大学で最後かなと思いながらやっています」。東北の準硬式野球界を牽引してきた山形大医学部・金原広汰投手(6年=仙台一)も、リーグ戦を戦うのは今春が最後。医学部の6年生とあって、平日は毎日午前8時から午後5時まで実習に明け暮れ、医師国家試験の勉強にも励んでいる。それでも、実習後に欠かさず全体練習に参加し、時間に余裕のない時は自主練習で補完する日々はこれまでと変わらない。その理由は、「野球が好きなので」と至ってシンプルだ。
「文武両道」を第一線で極め続ける二刀流医学生。投手としては最速146キロを誇り、野手としては勝負強さと長打力を併せ持つ。1年次から活躍し、大学5年目の昨秋はチームを春夏通じて初となるリーグ優勝に導いた。
22日の青森大戦は「1番・指名打者」でスタメン出場。3点ビハインドの4回途中から救援し流れを引き寄せると、6回には二死満塁の好機で逆転の3点適時二塁打を放った。6、7回はギアを上げ、圧巻の6者連続三振。日没コールドにより7回で試合が終了すると同時に、金原はマウンドで大きな雄叫びを上げた。
この日は2番・鈴木柊外野手(4年=山形東)、3番・杉田悠介外野手(2年=山形南)に二者連続本塁打が飛び出すなど、打線が活発だった。金原は「後輩たちが頼もしい。少し前までは『一部に残れればいいや』という雰囲気だったけど、今は自信を持って戦えている」と目を細める。ただ、後輩たちに負けるつもりはなく、自身は最後まで山形大医学部の顔であり続けることを誓う。
「150キロを出したい。そこまでいけば、悔いなく終えられる」
野球が好きだから、目標があるから――。金原は今もなお、成長することを辞めない。
準硬式野球の「楽しみ」を知った4年間
首位を走る東北学院大は、開幕から6試合で95得点と打撃好調。中でも現在打撃三冠の嶋田友外野手(4年=浦和学院)に負けじと好調を維持しているのが、最上級生の佐々木陽矢内野手(4年=仙台東)だ。23日時点で打率.533(15打数8安打)、1本塁打を記録しており、22日の東北工業大戦も3安打4打点の活躍で28得点大勝に貢献した。
大学ラストシーズンには「特別な思い」で臨んでいる。きっかけは昨春の仙台大2回戦。2点を追う最終盤、一死一、二塁の好機に代打で登場し凡退、そのままチームは敗れV逸が確定した。「先輩たちを負けさせてしまった」悔しさを原動力にして練習量を増やし、毎日寝る前にバットを振ることを日課にした。努力が実り昨秋は出場機会を増やすも、優勝の目標は果たせず。それだけに、今春にかける思いは強い。
また佐々木は2年次から選手としてプレーする傍ら、準硬式野球部に所属する学生らで運営する準硬式野球専門WEBメディア「JUNKO WEB」で取材、執筆を行ってきた。他大学の選手を取材する機会もあり、その中で自身の野球観に変化が現れたという。
当初は大学で野球を続けるつもりはなく、先輩に誘われてやや遅れて準硬式野球部に入部した。周りのレベルの高さに圧倒され、しばらくは「結果に囚われていた自分がいた」。しかし他の選手の話を聞く中で「結果を求めるよりも野球を楽しんでいる選手が多い」ことに気づき、「自分も楽しく野球をやりたいと思うようになった」と佐々木は話す。最上級生になってようやく野球を楽しめるようになり、おのずと結果もついてくるようになった。
佐々木と同学年の右腕・紫葉優太投手(4年=東北)は、準硬式野球を楽しんできた選手の一人。強豪・東北の硬式野球部でプレーしていた高校時代は控え投手にとどまったが、準硬式野球に転向した大学では昨秋、エースの座をつかんだ。小柄ながら多彩な変化球と制球力を武器に奮闘し、昨秋は防御率0点台を記録した。「高校では目立つ選手ではなかった。大学でエースになって責任感が芽生えて、しかもそれを楽しめるようになった」と大学での成長を振り返る。
強風が吹き荒れた22日の試合では打ち上げた打球が安打になるケースが続出する中、ピンチを背負いつつも要所で三振や併殺打を奪い、4回無失点とエースの役割を果たした。「自分の成績も大事だけど、それよりもチームが勝つことの方が大事」。準硬式野球と出会い、エースという仕事の重みと楽しさを知ったからこそ、最後までチームのために腕を振る。
引退を遅らせた唯一の4年生
東北大は22日の仙台大戦で最大8点差をひっくり返し、タイブレークの末20-19でサヨナラ勝ちを収めた。唯一の4年生である横野和紀投手(4年=創価)は投手が本職ながら、この日は9回に代打で登場。最初の打席で打線に火をつける二塁打を放つと、打者一巡して回ってきた次の打席では同点の適時内野安打をマークした。
東北大は就職活動などを考慮し、3年春で引退するのが慣例となっている。横野はその3年春、先発、中継ぎでフル回転しながらも4敗を喫し、チームは最下位に沈んだ。「自分のせいで最下位になったので、借りを返したい」との思いがふつふつと湧き上がり、引退を1年延長することを決意。小中高と軟式野球をしており、準硬式野球は大学からだが、引退を延長するほど準硬式野球にのめり込んだ。
泣いても笑っても最後となる大学ラストシーズン。当初は完全燃焼するためのシーズンにしようと肩に力が入っていたものの、試合が進むにつれ、「結果は気にせず、楽しんでやろう」との考えに切り替わってきた。この日も同点打の場面やサヨナラ勝ちの瞬間に、後輩たちに交じって喜びを爆発させる姿が印象的だった。どんな終わり方であれ、今度こそ笑顔でユニホームを脱ぐことができるはずだ。
(取材・文・写真 川浪康太郎)