京都大学カヌー部~コロナ禍を超えて、受け継いだ伝統と経験を未来につなぐために~

 収束の気配を見せる新型コロナウイルス。しかし、このウイルスが過去数年間に与えた経済的・社会的影響は計り知れない。大学のスポーツ界においては、コロナ禍に部員の減少や活動休止に追い込まれ、いまでもその影響に苦しんでいる選手やチームも少なくはない。

 そして活動休止期間があったことで、それまで培ってきた部やイベントの運営ノウハウを次の世代に伝えることができなくなり、そのことに不安を感じている学生も多い。

 今回取材した京都大学カヌー部も、そんな状況にある部の一つである。この記事では、藤本修嗣(しゅうじ)主将(4年・ 東京学芸大付属)・山広健生さん(3年・ 広島学院 )・岡安晴信さん(2年・東京学芸大付属 )・森咲弥(さくや)マネージャー(3年・ 茨木)・川崎怜奈(れな)マネージャー(3年・ 宮崎西)の5人に、京都大学カヌー部の現状と、将来について話を聞くことができた。

 藤本さん・山広さん・岡安さんの3人は部員が週末に泊まる艇庫から今回のインタビューに応え、アットホームな部の活動状況がよく分かるインタビューとなった。

新入部員に伝えたいこと

 京都大学カヌー部のメンバー

 4月からの新歓時期が一段落した頃だと思います。カヌー部には何人の新入部員が入部しましたか。

藤本主将(以下敬称略)「4人が入部しました。また、サイモンというドイツ人留学生も入部することになりました。サイモンはドイツでレジャーとしてカヌーに乗ったことがあるそうですが、日本人の4人は本当に初心者です。また、マネージャーになりたいという数人の方にもお会いしており、今は返事を待っている状況です。」

山広健生さん(以下敬称略)「今回私は新歓大臣として、新入生の勧誘に注力することになりました。現在カヌー部は部員が8人だけと少ないのですが、今年は5人も入部することになりましたので、新歓は成功したと考えています。」

 では、新歓大臣として、山広さんが新入部員に一番最初に伝えたいことは何でしょうか。

山広「まず、カヌーの魅力を新入部員の皆さんに伝えたいと思います。新歓期間中だけでは、カヌーの魅力を伝えきることはできないと思いますし、実際に水の上のカヌーに乗ってもらったり、新入生の方といろいろ話すことを通して、カヌーのスピードや水の上から見た景色などの魅力を伝えられたらよいな、と考えています。」

では、藤本さん・森さん・川崎さんは、新入部員に一番最初にどのようなことを伝えたいですか。

藤本「まず最初にカヌーは楽しいものなんだと伝えたいですね。というのも、私自身が1回生の冬に肩をけがして、しばらくカヌーに乗れないことが続いたときに『カヌーは苦しいものなんだ』と感じてしまったんです。精神的にも非常に辛い期間でした。そのため、後輩にはカヌーは楽しいものなんだということを最初に伝えたいと思いますし、新しい部員にもカヌーの楽しさを一番最初に感じてもらいたいですね。」

森咲弥さん(以下敬称略)「私はマネージャーとして選手を支える立場ですが、新入生の方には楽しみながら、カヌーの技術を一つずつ覚えていってほしいと思います。私はカヌーに乗る機会はあまりありませんが、練習中にビデオ撮影などを担当しています。そのため、練習をほぼ毎日見ているので、選手の成長がわかりますし、技術が向上したことにもすぐ気がつくことができます。カヌーを操る技術が向上すると、選手はますますカヌーに乗ることが楽しくなるんですね。ですから、まずはカヌーを楽しんでほしいし、よりカヌーを楽しむためにも必要なことを少しずつ覚えていってほしいと思います。」

川崎怜奈さん(以下敬称略)「私は新入生の方にはのびのびやってほしいな、と思います。というのも、カヌーはマイナースポーツなので、大学に入るときに『大学に入ったらカヌーをやろう』と決意して大学に来た人はほとんどいなくて、他に勉強などやりたいことがあった上で、今回たまたまカヌー部に入ってしまった、というのが実情だと思います。ですので、これから大学生活を続けていく中で、もしもカヌー部と自分が他にやりたいこととの両立が難しくなってしまったときには、他のカヌー部員と全く同じ形でなくてもよいので、自分の生活にあった形でカヌー部を楽しく続けてほしいです。

 もちろん、部活動なので、ある程度部員が足並みを揃えて活動することは必要です。でも、カヌー部の活動に縛られるのではなく、カヌー部を楽しむ形で大学生活自体も楽しんでくれたらよいな、と思います。」

共同生活は楽しい経験

2人乗りのカヌーは息を合わせることが何より大切

 今、藤本さんと山広さんは、カヌー部の艇庫(カヌーを置く倉庫)にいらっしゃるそうですね。そちらは合宿所も兼ねているようですが、部員の皆さん全員がそちらで共同生活をしているのですか?

藤本「こちらの艇庫で泊まることもできますが、毎日泊まるというわけではなくて、夏合宿など必要がある時に泊まるという感じになります。」

 合宿生活の楽しいことって、どんなことですか?

岡安晴信さん(以下敬称略)「まず、共同生活自体が楽しいです。練習はもちろん、みんなで料理をしたり、その料理を食べたりするのが本当に楽しいですね。艇庫で部員みんながあつまってゲームをすることもあります。日中に学校で友達と会っているときとは違い、昼も夜も一緒にいてワイワイできるのが、合宿生活の魅力かな、と思っています。」

 皆さんが大学に入った頃が、ちょうど新型コロナウイルが流行し始めた頃だったと思います。そうすると、友人同士集まって一緒にご飯を食べたり、お酒を飲んだりする機会が、今まであまりなかったのではないかと想像しますが。

藤本「私は今4回生ですが、ちょうど私が大学に入った頃が、新型コロナウイルスが蔓延していた時期でした。特に私が1回生のときには、大学には入ったけれど何もできなくて時間ばかりが経っていくという、かなり虚しさを感じていた時期でした。

 実は艇庫に泊まることができるようになったのも比較的最近ですし、大人数で食事ができるようになったのも、ついこの間のことなんです。

 これからは、みんなで集まることが頻繁にできるようになると思うので、競技の面はもちろん、みんなで楽しく充実した共同生活を送りたいと思っています。」

森さんと川崎さんは、マネージャーとして艇庫に行かれることになりますね。艇庫で部員が集まってワイワイやっている姿を見るのは、マネージャーとしてどのように感じていますか。

「私達マネージャーは艇庫に泊まることはほとんどないのですが、練習のときなどは必ず艇庫に行くことになります。長期休暇のときなど大学生って何もやることがない人がほとんどなのですが、艇庫に行ってみんなが練習している姿などを見ると、ちょっとホッとするときがあります。

 また、合宿所にキッチンがあるので、マネージャーが交代でご飯を作ることもあります。選手はタンパク質を取る必要があるので、毎回すごい量のお肉を買い込んでます(笑)。」

川崎「私がカヌー部に入った頃は、女子マネージャーが何人もいて、その先輩方の働いている様子がすごく楽しそうだったので、私もカヌー部に入部を決めました。今マネージャーは森さんと私の2人だけですが、それでもカヌー部にいることが楽しいですし、大学に居場所があるって幸せだなって思います。」

コロナ禍で生まれた経験の断絶を超えるために

年に一度のドンドッヂには多くのOBとOGが集まる

今期のカヌー部の目標を聞かせていただけますか。

藤本「実はカヌー部はコロナ前には40人近く部員がいたのですが、現在は8人まで減少してしまいました。そのため、今期はこの状態から、コロナ前の状態にまでできるだけ回復させるため、カヌー部としての活動のしっかりとした基盤をつくることが最大の目標になります。

 この数年の私達の世代は、新型コロナウイルスにより、カヌー部の文化に隔たりが生まれてしまった世代になってしまいました。そのため、部を運営するためのノウハウが失われてしまう可能性があるのです。

 例えば、毎年カヌー部は琵琶湖周航という7日間かけてカヌーで琵琶湖を1周するイベントがあったのですが、そうしたイベントの計画・運営のノウハウを知る人がいなくなったため、このイベント自体ができなくなってしまいました。また、毎年秋にドンドッヂというカヌー部のOBやOGが集まるイベントを現役部員が開催するのですが、そのイベントも数年間中断したのち、昨年やっと復活することができました。

 その他にも、日々のカヌーの練習方法から艇庫の雨漏りの修理の方法まで、新型コロナウイルスで失われてしまったノウハウや知識を取り戻して、次の世代に伝えていけるような基盤を作ることが、今期の課題になります。」

 現在、経済的な問題などで活動を続けることが困難な状況にあると伺っています。詳しくお話しいただけますか。

藤本「いままでカヌー部の運営費はOBやOGの方々のご協力によるものでした。しかし、昨今の物価高などの影響で遠征費が急騰しており、OBやOGの方々からのご協力だけでは、部を運営することが難しくなってしまったという実情があります。

 今後も部を運営していくために、そしてこれから部員の数を増やすために、現状の練習環境を整備して少しでもレースで良い結果を出せる状態にすることが、今の私達が将来のカヌー部員のためにできることだと考えています。 

 具体的には、エルゴという陸上でのトレーニング器具の整備やパドル、練習を録画するための定点カメラなどの道具を新調することが必要になります。

 日頃、勉強とカヌー部の両立で部員はみんな忙しいのですが、今回のクラウドファンディングに関して、みんな協力をしてくれることになりました。」

最後の質問になります。10年後の京都大学カヌー部はどのようになっていてほしいですか。

藤本「新しい艇庫で活動しているようになっていればよいですね。今の艇庫は雨漏りはあるし、扉が開かなかったりするので。また、コロナ禍で知らない部員ばかりになってしまって艇庫に来づらいというOGやOBのご意見も聞いたことがあるので、OBやOGが気軽に訪れて現役の部員と交流しやすい部になっていればよいなと思います。」

森「やはり、現役の部員とOBやOGとの関係が強い部になっていてほしいです。そして部員みんながいろいろなことを乗り越えて、楽しくカヌーをしている状況が続いていってほしいなと思います。」

川崎「カヌーを大好きな人がいて、そんな人が夢中になって競技に打ち込んでいるような部になっていてほしいです。また、できれば自分が艇庫に来たときに、喜んで受け入れてもらえる雰囲気があれば、すごく嬉しいですね。」

 これまで培ってきたノウハウを次の世代に伝えられなくなることを危惧している京都大学カヌー部。その根底にあるのは、いつまでも後輩たちがカヌーを楽しむことができるように、という思いである。

 まだ見ぬ後輩たちへカヌーの楽しさを伝えるために、京都大学カヌー部はその活動を続けている。

(インタビュー・文 對馬由佳理)(写真提供 京都大学カヌー部)

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