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「手術することは治ることではない」埼玉武蔵ヒートベアーズ 由規 5年以上によるリハビリから得た教訓と探究心「己を知ることに尽きる」

BCリーグ・埼玉武蔵ヒートベアーズから楽天モンキーズに移籍し、台湾リーグへ挑戦することになった由規投手コーチ兼投手。

ヤクルト時代の2010年には当時日本最速となる161km/hをマークし、12勝を挙げるなど球界を代表する投手への階段を着実に上っていた。

しかし、翌年に右肩を痛め、そこから神宮のマウンドへ戻るまでに約5年を要するなど長い怪我との闘いを強いられてきた。

選手生命の危機を何度も乗り越えながら今も現役として投げ続けている由規投手に、手術・リハビリのプロセスで大切なことなどを伺った。

(取材協力:埼玉武蔵ヒートベアーズ、取材 / 文:白石怜平 ※肩書きは当時・以降敬称略)

2人の先輩からから学んだこととは?

ヤクルト時代、約5年に及ぶリハビリの間では由規同様に長期の怪我を経験した先輩が近くにいた。特に関わりが深かったのが伊藤智仁一軍投手コーチと館山昌平投手(現:福島レッドホープス 投手チーフコーチ)である。

伊藤コーチは3度の肩の手術、館山は2年連続を含む3度の右肘内側側副靱帯再建手術(通称:トミー・ジョン手術)や血行障害の手術を受け、数シーズンにわたる長期のリハビリを経験していた。

「智さんから言っていただいたのは、当時リハビリを経て投げられるかどうかのタイミングで、『ブレーキかけているこの状況を打破しなければ先には進めないよ』とアドバイスいただいていました。

制限をかけて全力を出せないことによって、自分の全力の基準が下がってしまう。そこでもう一度ギアを上げられなかったら、試合に復帰できなくてブルペンがMAXになってしまうんです」

伊藤智仁・館山昌平の両名からのアドバイスが大きな力になった

館山からの助言も、メンタル面でとてもプラスになったという。由規が離脱した時期は、館山の2度目と3度目のトミー・ジョン手術のタイミングとほぼ同時期。共に過ごす時間も多く、館山の温かさと刺激をたくさん受けた。

「館山さん自身がすごくポジティブな方なので、どうしても野球、野球と考えがちなところを『オンとオフ、しっかりメリハリをつけなきゃ』とずっと言ってくれました。

悩んでる時に食事に連れて行ってもらいましし、なかなかリハビリしてる最中でお酒飲んだりなんて気持ちが向かないのですが、『今日は何も考えず飲め!』って(笑)。それでお言葉に甘えたりもしましたね。ただでさえ孤独だったところを館山さんと一緒にいて気持ちが楽になれました」

手術する=治るではない。経験から伝えたいこと

競技を問わず、アスリートの中でも長期のリハビリと闘っている選手、そしてこれから闘おうとしている選手もたくさんいる。そんな方たちに伝えることがあるとしたら、どんなことを伝えたいかを訊いた。

ここでは、今振り返るからこそ感じたことを語ってくれた。

「今思うと手術する前もそうなのですが、もっと自分の身体に興味を持って練習やリハビリに対して向き合っていたら、結果的にはもっと長持ちできたのではないかというのはあります」

”自分の身体に向き合う”

それは、医師やトレーナーから伝えられたことをそのままやるだけでは足りないことを意味していた。続けてこう補足する。

「今はたくさんの情報を得られるので自分で興味を持って情報を入れつつ、先生やトレーナーさんが言ったことをしっかりと理解をして、『この練習にはこういう意味があるんだ』というのをもっと細かく知れたらリハビリの方向性って変わったんだろうなと思います」

自分の体に向き合うことは今も大切にしている

また、手術を受けるアスリートに向けて警鐘を鳴らしていることがあった。念頭に置いた方がいいことについて助言を送った。

「手術したら違和感や痛みは消えると思うのですが、そこで勘違いをしてはいけないのは”治った”と思い込んでしまうことです。手術するという事は、元々ある筋肉に傷を入れて修復してるわけなので、治ってはいないと思うのです」

これを踏まえて何が重要なのか。ここでさらに続けた。

「そこからしっかりとリハビリを積んで、パフォーマンスをこれまで以上に発揮できるようになることが一番重要なんです。

僕も復帰初戦にファームで155km/h投げたので、治った感覚ではあったのですが、今思うとその前後のリハビリをもっと細かくできればまた違ったのではないかと思っています。

経験もして知識も増えて、情報量も多くなってきたからこそ言えることなのですが、『トレーナーが言ってたのはこういうことだったんだ』と後から理解できたというのがありました」

「身体はごまかしが効かない」

また、怪我を悪化させない点でも教訓があった。由規は最初に肩の違和感を感じた11年、春先に左の脇腹を痛めていた。

「そこをしっかり治してなくて、無理して投げ続けてしまったので結局肩に来てしまった。今はそれが原因だったとすごく感じますね」

この年の3月に東日本大震災があり、オールスターが地元仙台で開催されることになっていた。ここでどうしても投げたいという思いもあり、投げられるからということで少なからず無理した部分もあったという。

そして庇っているうちに右肩へと負担がかかり違和感を覚え戦線を離脱。さらに翌12年のキャンプで左膝を故障してしまう。前に体重が乗らなくなり、肩でキープしていたことから更なる悪化を招いてしまったことを振り返った。

「色々な箇所を怪我して思ったのは、『身体ってごまかしが効かない』ことです。1カ所怪我すると、そこを庇って違うところに代償が来る。大元の痛みが出ている場所というのは、どこか身体のバランスが崩れてるからそこに負担が来ているわけなので」

怪我の原因を振り返った

これを踏まえ由規は、己の身体と向き合うことに加えてリハビリで必要なことを説いた。

「リハビリの仕方としては、痛みを抱えてない場所のトレーニングもしっかりと取り組んだ方が良いということです。僕の場合、肩が痛いからと言ってそこだけを治療しても痛み自体は軽減されると思いますが、競技のパフォーマンスとしては上がりづらいんです。

肩が痛かったら、あえて肩以外のところだけを診てもらい、治療した結果を元に次の日どれだけパフォーマンスが上がっているか。その確認もすごく大事です。あえて痛みが出てるところを治療しないで一度練習してみると、『身体の使い方ってこうなのか?』と気づくきっかけにもなりますから」

目標は「いかに楽に設定するか」

長期の治療やリハビリの際には、肉体面だけではなく精神的においても過酷な状況に陥る。孤独な中、焦りや不安との闘いにもなる。当時の精神状態をこう振り返る。

「当時、手術前の状態に戻すことを目標に置いていたのですが、その目標が高い設定でした。それだとどうしてもギャップが生まれるんですよ」

思考の転換を行い、心を楽にした

ギャップを埋める作業のために、無理をしてさらに悪化させたり別の故障を引き起こす。さらに焦りから冷静な判断ができなくなるなど、悪循環が生まれてしまう。ここで、思考を変えたという。

「結果的に”そこの目標にたどり着いた”という状況にすることが一番気持ち的に楽だと思います」

では、どのような目標設定をしていったのか。自らが立てた目標を明かしてくれた。

「16年復帰したときに、”神宮で勝つ”ことよりも、”神宮で1球でもいいから投げる”と考えた時に、すごく気持ちが楽になりました。結果的に神宮の舞台で勝利する。最初に育成から支配下に上がって、1球投げたら次に2球目、3球目と増えていくので。

神宮のマウンドに立てたことによって、『次は勝つためにどうするか』という新しい目標に切り替わっていった。いかに楽に考えるかが大事なんだと思いました」

「己を知ることに尽きる」向上する探求心

独立リーグでは選手兼任でコーチも務めてきた。大怪我を乗り越えた経験から、今も現役として自分の身体と向き合い続けている。

「己を知ることに尽きると思います。自分の身体を知ることによっていろんなやり方、引き出しが無限に広がっていきます」

増えていく引き出しは指導者においても活かされている(球団提供)

指導者として活動する上において、この引き出しを今もどんどん増やし続けている。

「今独立リーグでコーチとしてもやっていますが、今トレーニングやリハビリの仕方はNPBにいた頃よりも興味を持って勉強もしています。そういう勉強を続けないと後輩たちにも伝えられないので」

また、「今の自分の立場は得なんです」と語る。最後にその意図を訊いてみた。

「いろんな人の話を聞いたり、情報量も多いので調べてみると『こんな方法もあるのか』など、自分がやってきたことと照らし合わせることもできます。

言い方は変かもしれないですが、自分の身体を実験台に使う感覚です。知識を増やして、それを試合で発表する場がある。これはすごくいいことだと思います」

研究を重ねながらマウンド上で実践している(球団提供)

積み重ねてきた経験と知識はNPBを目指す若い選手に惜しみなく伝えてきた。次は自らが更なる挑戦のために海を渡り、新たな章がスタートした。

(おわり)

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