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東北大硬式野球部初のアナリストはラ・サール出身の野球未経験者 「趣味」のデータ収集が財産に

 近年、東大や京大の硬式野球部で活躍したアナリストがNPBの球団に入団するケースが続いている。旧帝大の一角である東北大にも、将来的なNPB入りを目指すアナリストがいる。東北大硬式野球部初のアナリスト・瀬戸俊貴さん(3年=ラ・サール)だ。野球未経験で、1年前の今頃は趣味でデータ収集をしていた男は、自らの手で「野球人生」を動かし始めた。

寮で読んだ新聞の「ランキング」が原点

 大学に入学する前までは、野球は遠い存在だった。三重県出身で、「寮のある学校を検索したら一番上に出てきて、カタカナで目立っていた」という鹿児島県の進学校・ラ・サールを中学受験し合格。親元を離れ、中高の6年間は寮生活を送った。

ブルペンで投手の投球を撮影する瀬戸(手前)

 小学生の頃はスポーツをしておらず、中高は柔道部に所属していた。寮では電子機器の使用が禁止されており、テレビを観られるのも午後11時の消灯前10分間のみ。外部の情報を得る手段が新聞しかない中、気づけば毎日、スポーツ面に掲載されている野球の記事を読むようになっていた。ただ、野球に興味を持つきっかけとなったのは記事の本文ではなく、記事の隣にある表だった。プロ野球の打率ランキングなど、数字の並ぶ表を見るのが楽しかった。「野球×データ」との出会いはこの時だ。

 「スポーツに関われたらいいな」との思いを頭の片隅に置きつつ学業に励み、東北大理学部生物学科に現役合格。入学当初は複数のサークルに所属し、ごく普通の大学生活を過ごしていた。一方で野球に対する興味は薄れておらず、YouTubeでハイスピードカメラを使ってボールの回転数などを計測する動画を視聴したのを機に、「自分もやってみよう」と思い立ちハイスピードカメラの購入を決意。アルバイトに勤しみ、2年生になる頃にようやく手に入れた。

趣味がきっかけで人生初の「野球部」へ

 ハイスピードカメラは1秒間に最大960コマ撮影することができ、「ボールが1回転するのに何コマ要するか」という計算方法を元に回転数を算出する。瀬戸は実際に一流投手の投げるボールを計測しようと考え、当時ドラフト候補に挙がっていた東北福祉大・細川拓哉投手(現・トヨタ自動車)の投球を撮影するため、仙台六大学野球リーグの会場である東北福祉大野球場に足を運んだ。

ブルペンでは撮影前に投手とキャッチボールを行う

 仙台六大学野球には細川以外にも好投手が何人もいることに気づき、あらゆる投手を撮影した。あくまでも趣味の範囲で計測を続け、時折、数字の突出している投手のデータを自身のSNSで公開することもあった。すると東北福祉大の北畑玲央投手(4年=佐久長聖)ら複数の投手から「自分のボールの回転数は分かりますか」「データが役に立ちました」といった連絡が届くようになり、そのたびに「趣味が人の役に立つ」ことの喜びを感じていた。

 昨秋のリーグ戦期間中、いつも通りバックネット裏で撮影していると、前の席に座っていた東北大の当時の主務・加藤嵩大さんに声をかけられた。「趣味でやってるの?東北大なら、野球部に入りなよ」。瀬戸にとっては思ってもいない一言だったが、とんとん拍子に話は進み、秋リーグ終了後から正式に入部することが決まった。

信頼を得るために用いた身近な「教材」

 「得体の知れない野球未経験者に『ああしろ、こうしろ』と言われても信用してもらえない」。そう覚悟していた瀬戸は、「まずは人間関係をしっかりと築こう」との考えでグラウンド整備の補助などのマネージャー業務を積極的に買って出た。野球の話は「聞かれたら答える」。自ら技術面のアドバイスをすることはすぐにはしなかった。

 その一方、猛勉強も重ねた。本を読んで投球フォームなどを学ぶこともしていたが、最も有効的な「教材」は趣味で撮り溜めた動画だった。「自分は球速や回転数などの数字ばかりを気にしていたけど、実際に選手が気にするのは、結果が良くなかったとしてそれをどう改善するか」。約1年かけて撮影した東北の好投手の投球を何度も見て、体の使い方や腕の上げ方、リリース時の指の離れ方などを見比べ、好投手の好投手たるゆえんを探った。

間近で投球を撮影し、フォームなどに関する助言をする

 入部からまもなくすると、SNSを通じて以前から瀬戸のことを知っていた野瀬陸真投手(3年=春日部)を中心に、アドバイスを求める選手が増えてきた。そのたびに好投手の投球動画を見せながら、自分なりに分析した良いボールを投げられる要因を伝えた。投手がブルペンで投げる際には課題を確認した後に投球を撮影し、投球後すぐに課題に対するフィードバックをできるようにした。

 対戦チームの分析もアナリストの仕事。相手の投手、打者の様々なデータを元にグラフを作成し、試合前に選手たちに情報を共有する。選手とのコミュニケーションが密になるにつれ信頼感は増し、気づけばチームの一員となっていた。

リーグ戦で痛感した「伝え方」の大切さ

 アナリストとして大切にしているのは、選手への「伝え方」だ。選手には選手の考えがあり、時には指導者やOBに教えを請うこともある。伝える時は「一意見として聞いて、取捨選択をしてほしい」と告げた上で、「読み取ったデータをすべて伝えるのではなく、各選手の課題を理解して、必要な情報を適切な方法、タイミングで伝える」ことを意識して接している。

 初めて部員として臨んだ今春のリーグ戦では、責任の重さを痛感した。「あまり警戒しなくていい」と伝えていた打者に打たれると分析の甘さを反省し、「投げてはいけない」と伝えていた球種、コースで勝負して決定打を浴びると「伝え方」が不十分だったと唇を噛む。選手に取捨選択を求めているからこそ、何を、いつ、どう伝えるか、常に神経を尖らせている。

 逆に分析が功を奏して試合に勝利したり、投球のアドバイスをした投手がリーグ戦で活躍したりするのを目の当たりにすると、スタンドで撮影をしながら静かに喜びとやりがいを噛みしめた。瀬戸は「自分の意見を信頼して取り入れてもらって、それがチームの勝利につながるというのは、外から野球を観ているだけでは得られない経験」と声を弾ませる。

パソコンには大量のデータが蓄積されている

 来年には最終学年を迎える。瀬戸は「野球経験のない自分を受け入れてくれた東北大には中長期的に強くなってもらいたい。アナリストがいて弱くなることはないので、後継をつくりたい」との思いを抱き、東北大硬式野球部やアナリストの仕事の周知にも力を入れている。SNSの「X」(旧Twitter)でアカウント(@ST_analytics)を開設して情報発信しているほか、最近では東北大への進学者の多い高校と練習試合をした際に、高校生の投球を撮影して映像資料と解説資料を高校側に提供する取り組みも始めた。

 「野球経験はないけど野球が好きな人はたくさんいる。アナリストは、そういう人がデータという視点から野球を深く知って、チームの勝利に貢献して、もっと野球のことを好きになれる役職。それに、選手と違って不調も怪我もないアナリストは、成長しかない」

 野球とは無縁だったデータ好きの青年は今、大学の硬式野球部で「野球×データ」に本気で向き合っている。野球の楽しみ方、野球との携わり方は、きっと無数にある。

(取材・文・写真 川浪康太郎)

読売新聞記者を経て2022年春からフリーに転身。東北のアマチュア野球を中心に取材している。福岡出身仙台在住。

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