元なでしこ天野実咲~ドイツの女子サッカーチームで1部昇格を目指して奮闘中

サッカー大国の1つとして知られるドイツ。男子サッカーの人気が高いのはもちろんのこと、近年は女子サッカーの人気も向上している。

そのドイツに渡り、選手としてプレーしながら「クラブを作りたい」という目標を持つ、元なでしこジャパン(女子日本代表)の選手がいる。2007年女子W杯にも選出されたGK天野実咲に、目指すものやこれまでのキャリアなどを伺った。

ドイツでサッカーチームを作りたい理由

天野は現在、フォルトゥナ・デュッセルドルフの女子チームでプレー。フォルトゥナ・デュッセルドルフは多くの日本人が暮らす都市・デュッセルドルフにあり、男子チームには田中碧や内野貴史、アペルカンプ真大といった日本人選手も所属する。

他方で、女子チームは新設されたばかりの1年目。0から作られるチームを一員として見るなかで、思いはより明確になっている。

「男子は悩むぐらいたくさんチームがありますが、女子は男子に比べれば多くない。また、日本から海外に行くというハードルも、一昔ふた昔前よりは低くなったものの、選択肢は男子に比べれば多くありません。少しでも選択肢を増やしたいんです」

では、なぜドイツなのか。天野は「子供みたいな理由です」と笑うが、数年前にドイツを訪れた際の直感にある。東京都のU-15・16の選抜チームのドイツ遠征に、GKコーチとして帯同。このときに「ドイツいいな、ここで生活したいな」と感じたためだった。

ドイツへの縁も含めて、天野のキャリアは「ラッキー」と思う力とともにあった。

天野実咲選手は自身を「ラッキー」と語る

天野のキャリアと、突然訪れた転機

身近な誰かの影響を受けたわけでもない。天野は7歳の頃突然サッカーがしたいと言い出し、出身地の岐阜でボールを追い始めた。

中学生の頃には男子サッカー部に所属しつつ、女子社会人のチームにも所属するほど熱中。卒業後は、常盤木学園高等学校へと進学した。

常盤木学園高等学校は宮城県仙台市にあり、高校女子サッカー部の頂点を決める「全日本高等学校女子サッカー選手権大会」だけでも計5回優勝している名門校。

天野は入学後、フィールドプレーヤーとしてさまざまなポジションを経験したのち、2年生でFWに定着。レギュラーを掴み、かつ一般的に花形といわれるFWでプレーしていたにもかかわらず、GKがしたいという思いを抱いていた。

「FWは10回のチャンスのうち1回・2回を決めれば、ヒーロー・ヒロインのように注目してもらえます。

しかし、DFやGKは正反対です。特に最後の砦であるGKは、厳しい、悲しい現実ですけれど、10回のうち1回・2回ミスするとヒーロー・ヒロインどころか、批判にさらされます。

でも、GKにはそれを黙々とやるかっこよさがある。そこに魅力を感じていました」

監督にもアピールしたものの、常盤木学園には十分な人数のGKがおり、高校時代に経験することはなかった。

卒業後は、早稲田大学へと進学。ア式蹴球部女子部で、やはりFWを務めていた。そんなとき、人生を大きく左右するチャンスが訪れる。

「公式戦があるのに、本来のGKが年代別日本代表の合宿でいなくて。監督から『実咲、GKやってくれないかな』と言われて、やりたいですと飛びつきました。GKコーチにやり方を教えてもらい、公式戦に出場しました。初のGKはやはり楽しくて、試合後に『私、GKがやりたいです』と伝えてGKに変わりました」

これが転機となった。「好きこそものの上手なれ」のことわざを体現するかのように急速に力を付け、わずか2年後、2007年になでしこジャパンへと選出。同年の女子W杯のメンバー入りを果たした。

「ラッキー」でのなでしこジャパン入りと現役復帰

もちろん実力があってこその選出だが、天野は「ラッキー」という言葉を使う。

「私自身は、ラッキーだったと思っています。当時なでしこジャパンの監督をされていた大橋浩司さんが、GKを始めてあまり経っていない私に興味を持ってくれたというラッキー。そして代表のコーチングスタッフも試すことに賛同してくれた。そういう方々がいてくれたラッキーのおかげで、代表になれたと思っています」

一方で、経験の少なさのあまり、葛藤も抱えていた。分からないことが多く、フリーキック時の壁の作り方も怪しい状況だったのだ。

「大学生までGKの経験がなく、知らないことがたくさんありました。その状況で代表のキャンプに行き、女子のトップレベルの選手たちのなかに参加するわけです。たくさんの学びがあったんですけれど、分からないことが多い、不安が多い、できないことが多く正直つらい部分もありました。

ただ、分からないから、できないからこそ、たくさん練習して自分なりの努力をしたことも確かです」

2007年の女子W杯では、チームがグループリーグで敗退したこともあって出場機会は訪れなかった。それでも貴重な経験だったと感じている。

「ベンチにいただけなので、みんなと同等に感じられたかはわかりません。

でも私自身としてはGK2年目で行かせてもらえたことは本当にありがたかったです。みんなとの技術の違いはもちろん、言葉だけではなく行動で見せるからこそいざというときに響く言葉の重みを感じました」

早稲田大学を卒業後、2008年に東京電力女子サッカー部マリーゼに入団。なでしこリーガーとなったが、3年目のシーズン前に予想だにしていなかった事態が起こる。2011年に発生した、東日本大震災。直接の被災は免れたものの、所属先のマリーゼは活動休止となった。

「正直、マリーゼがなくなったときに、選手を辞めようかと思いました。サッカーがどれだけ力になれるか分からないですし、極論を言うとスポーツはなくても人の生活に支障はありません。けれど、移管先が再び仙台(ベガルタ仙台レディース)に決まったときに、東北の皆さんが少しでも『楽しいな』や『私も頑張ろう』という気持ちのきっかけになれたら幸せだなと思い、現役を続けることにしました」

ベガルタ仙台レディースで2年間プレーしたのち、2013シーズン終了後に引退を選択。その後はベガルタ仙台レディースの主務、十文字学園女子大学サッカー部や東京国際大学女子サッカー部のGKコーチと新たな経験を重ねた。

そんななか2022年10月、女子特別指定選手としてプレーした経験のある浦和レッズレディースで、GKアシスタントコーチとの兼任ながら突如現役復帰。約9年ぶりの「選手」でのオファーには、当人も驚きを隠せなかった。

「マリーゼのときからお世話になっていた正木裕史ヘッドコーチから電話をもらいました。でも、まさか長く現役から離れていた私に選手としての話をしているとは思っていなくて。他の選手の話だと聞いていたところ途中で『いやいや、実咲に言ってるんだよ』と言われてやっと話を理解できました。

正直、とても悩みました。とてもじゃないけれど、動ける気がしませんでした。それでも、私を思い出してくれたのはラッキーかなと思いましたし、ある選手からは『誰でも着れるユニフォームじゃないんだよ。その機会が巡ってきたなんてすごいよ』という言葉ももらいました。それで、やるしかない、と復帰を決めました」

2023年渡独。現在の生活と課題

天野は今年2月に、浦和レッズレディースを退団。ドイツに選手として渡る過程には、再び「ラッキー」があった。今年5月、浦和レッズのシニアチームの一員として、ドイツ・デュッセルドルフでの交流試合に帯同したのだ。

「そのときにフォルトゥナ・デュッセルドルフのスタッフと出会い、今年から女子のトップチームが始動することを知りました。大好きなドイツで、サッカーに関わりたいんだとゴリゴリ押しました」

ただし、天野としてはコーチや裏方をイメージしていた。浦和レッズレディースを退団し、選手をやるという選択肢は全くなくドイツへ渡ったため、サッカーの道具は持参していなかった。

「翌日の練習に伺うことになるも『スパイクとキーパーグローブを持ってきてください』と言われ、慌てて購入しました。

しんどいながらも一緒にトレーニングしたところ、監督が『まだ動けるんだからやった方がいい』と言ってくれて。サッカーを通じてドイツ語を学ぶのは性に合っているなとも思い、ラッキーなことに選手として加入できました」

突然連絡を受け浦和で選手として復帰した経験が、現在のドイツ生活に繋がっている。8月末までは、語学学校とチームでの活動を並行。

語学学校の先生とクラスメイトたち

フォルトゥナとはプロ契約ではないため収入源の確保が必要で、9月からは仕事とチームを並行すべく現在仕事を探している。

そしてまずは選手として全力を尽くしたのち、目指すものに向けて邁進するつもりだ。

「今は選手として、どうやって最短で1部まで昇格するかを考えています。

以前からチームを作りたい気持ちはあったものの、方法論や具体的なアイデアは持っていませんでした。でも、今回ラッキーなことに、フォルトゥナが0から女子トップチームを作るところに立ち会うことができています。この縁は、私がやりたいと考えていた『クラブを作りたい』という目標とも合致していると感じています。

そのため、選手として全うしたあとは、フォルトゥナが1部の女子ブンデスリーガに昇格すること、UEFA女子チャンピオンズリーグに出場するチームになることが長期的な目標で、やりたいことです。これを実現するために、私はクラブに、チームにどのような形でベストを尽くせばいいのかを考えていきます」

目標は、少しずつ現実的なものへと姿を変えつつある。天野は自身を「本当にラッキーな人間」と語るが、努力や実力、人間性が伴っているからこそ。次はどのようなものを手繰り寄せ、目標を達成するのか。注目は尽きない。

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