「工大野球部」ドキュメンタリー制作中の東北工業大4年生 “人間観察力”と“雑談力”が取材の礎に
東北工業大硬式野球部を、半年以上にわたって密着取材している大学生がいる。東北工業大4年の横田美月さん。ライフデザイン学部経営コミュニケーション学科で映像を学んでおり、今年2月から「工大野球部」を取材対象としたドキュメンタリー映像作品の制作に取り組んでいる。完成も迫る中、制作に至るまでの経緯や取材の心得を聞いた。
大切なのは信頼関係、ノートに記した「雑談」の記録
秋季リーグ戦真っ只中の9月中旬、硬式野球部の練習が行われている仙台市内のグラウンドを訪れると、カメラ片手に動き回る横田さんの姿があった。
「野球のことは全然詳しくないですけど、『工大野球部』のことは誰よりも知っています」
そう胸を張る横田さんが、取材ノートを見せてくれた。各ページに選手の顔写真が貼られており、名前や基本情報のほか、選手との会話内容やエピソードが手書きでびっしりと記されている。密度の濃い取材をしていることは一目で分かった。
横田さんは練習風景を撮影したり、野球の話を聞いたりするのはもちろん、合間に選手たちと「雑談」することを心がけている。それも主力選手だけではなく、60人以上いる部員全員とだ。実際にこの日、横田さんを中心に会話の花が咲く場面は何度も見られた。
「取材は信頼関係が大事だと思う。知らない人に撮られること、特に調子が悪いところや、監督、コーチに怒られているところを撮られることは、スポーツマンのプライド的に嫌なことじゃないですか。撮らせてもらっている立場だから、最終的に全員を作品で取り上げるわけではなくても、全員と平等に接して、全員を撮りたいんです」。背景には、プロも見習うべき“取材哲学”がある。
ドキュメンタリー制作の教材は毎日観た「熱闘甲子園」
横田さんは仙台市出身。中学ではバドミントン部に所属し、高校ではハンドボール部のマネージャーを務めた。「人間観察」をするようになったのは高校時代から。選手のことを知れば知るほど、「みんながシュートを決めたり、(相手の)シュートを止めたりするのが自分の嬉しさになった」。
大学は映像を学べる研究室のある東北工業大を選んだ。幼少期からテレビやアイドルが好きで、作品の作り手になる未来を思い描いていた。ただ、それまで野球とは無縁の生活。なぜ野球部に密着することになったのか。横田さんは「運命というか、偶然自分のやりたいことにたどり着きました」と話す。
研究室の先輩の作品を見てドキュメンタリー制作に興味を持った横田さんは昨夏、ドキュメンタリー制作の勉強に没頭した。“教材”になったのが「熱闘甲子園」。夏の甲子園期間中にテレビ朝日系列局で放送される、甲子園を題材としたドキュメンタリー番組だ。毎日番組を視聴し、勝利チーム、敗北チームそれぞれの物語がどう描かれているのか、CGや音楽をどう使っているのか、など事細かに研究した。
そんな矢先の昨秋、偶然研究室を訪れた硬式野球部の目黒裕二監督らと会話をする中で、野球部密着の話が持ち上がった。横田さんは当初、「冗談かと思っていた」というが、年が明け、卒業制作の一環として密着取材、ドキュメンタリー制作をすることが正式に決まった。
部員全員を覚えるため、一人一人に聞いた「好きなもの」
初めてグラウンドに足を踏み入れたのは、今年の2月18日。練習前のミーティングであいさつし、「春休み中に全員の顔と名前を覚えることを目標に頑張ります」と宣言した。全く接点のない世界に一人で飛び込んだ上、選手たちの反応は鈍かった。横田さんは「怖かったです」と苦笑いを浮かべながら回顧する。
全員の顔と名前を覚えるため、訪問するたびに一人一人に声をかけ、名前と「好きなもの」を聞いた。ドライブ、音楽、ウエイトトレーニング…。様々な答えが返ってきた。共通の趣味があればその話題で話を膨らませ、知らないことは教えてもらい、次に会った時に話せるよう準備した。最初のあいさつから1か月も経たないうちに、全員の顔と名前が一致。はじめは素っ気なかった選手たちからも「美月」「美月さん」と呼ばれるようになり、今では自然と会話が弾む。
取材には、高校時代に培った「人間観察力」が生きた。それぞれの性格を把握した上で、「欲しい答えを引き出すために、『この選手はこうやって答えるだろう』というのを頭の中で想像している」。例えば口数の少ない選手には簡単な質問からぶつけ、情に厚い選手には交友関係について聞く。全員のことを知り尽くし、日頃から雑談を通して積極的なコミュニケーションを図っているからこそ、密度の濃い取材ができている。
また、チームは今春、今秋と好調。春のリーグ戦で4勝を挙げ、新人戦では準優勝、秋のリーグ戦も東北学院大から連勝で勝ち点を奪うなど、大きな存在感を示している。素材は徐々に揃ってきており、作品は鋭意制作中。完成した暁には、一般向けの上映会や仙台六大学野球連盟の公式YouTubeチャンネルで公開する予定だ。
伝えたい魅力、増やしたい「工大を応援する人」の数
取り組みの根本には、「工大の魅力が伝わって、工大を応援する人が増えてほしい」との思いがある。魅力の一つは、「素直で、学年関係なく仲が良くて、『良い奴』ばかり」なところ。ありのままが伝わり、学内、学外問わず「工大ファン」の輪が広がることを願っている。
「みんなにとっての0.1の変化が、私にとっては100の喜びなんです」
カメラを構えながら、横田さんはそうつぶやいた。日々の練習でほんの少しでも成長し、試合で1点を、1勝を喜ぶ選手たちの姿を見ることが、自分にとっての一番のうれしさにつながる。それはマネージャーをしていた頃から変わっていない。約半年間で育んだ「工大野球部愛」を、作品というかたちで結実させる。そして、工大野球部の物語はまだまだ続く。
(取材・文・写真 川浪康太郎)