イタリアの育成方針を提供するACミランアカデミー愛知 子どもの個性を伸ばす新たな挑戦へ
1899年にイタリア・ミラノで創設され、様々な有名選手を輩出し、サッカー界において世界有数のビッグクラブとなっているACミラン。100年以上の歴史を持つ名門が、有望選手の輩出とクラブの価値を高めることを狙いに、2000年に入りイタリア国外へのアカデミープロジェクトを立ち上げた。
イタリア国内にあるアカデミーが人材発掘なら、国外のそれはサッカーの普及を含めたブランド力向上が目的。日本では東京、千葉、愛知の3拠点でそれぞれの特色を生かしながら活動をしている。一番の特色はACミラン本部のイタリア人コーチが派遣されていること。世界有数のトップクラブと同じ指導方針を受けられることは、大きな強みになっている。
しかし2020年からは新型コロナウイルス感染症の影響を大きく受け、武器であるイタリア遠征やイタリア人コーチからの指導が提供できず、施設が使用できないこともあった。「これまでやってきて培った方程式を1回崩す必要がありました」とACミラン愛知のコーディネーター兼通訳を務める山田晃裕氏は当時を振り返る。
アカデミーが始まって以来最大の危機に直面している中、山田氏はこれまでの自身の経験とアカデミーの強みを生かし、アフターコロナで生き抜くための新たなビジネスモデルを模索している。
“ホンモノ”を提供し
アカデミーのブランディングに成功する
ACミランアカデミー愛知の運営において中心的な存在である山田氏は、小学4年生でサッカーを始めたが、「比較的に現実を見ていて、他にうまい選手がたくさんいることを知り『プロ選手にはなれない』と思っていました」と学生時代から、自身を冷静に分析していた。
その中で目を向けたのが海外だが、当時は現在ほどインターネットが発達しておらず、海外に挑戦している選手も少ない時代。そこで山田氏は海外言語の奥深さに触れ、大学時代にはスペイン語を専攻。言語を軸にしながら、サッカーという2つの好きなことをかけ合わせた人生設計を考えていた。
さらにきっかけ作りとして1年間、スペインに語学留学。この1年間でニュースサイトの翻訳や現地サッカーチームのコラムを書いたり、大学卒業後も2008年にスペイン・サラゴサで行われた万博博覧会に携わったりと人の縁で様々な経験をした。
そして出版社で執筆や編集といったクリエイティブな経験を携え、2011年にACミランアカデミー愛知の立ち上げに関わり、現在に至る。
本家のACミランの育成メソッドを踏襲し、それぞれの国・地域の特色に合わせた指導を展開しているACミランアカデミー。愛知校では、「時代に応じて変わる“いいプレー”の定義をうまく伝えられるように日々メソッドを進化させています。サッカーに必要なテクニック、戦術だけではなく他のスポーツに取り組んでも通用するフィジカル、メンタルを育んでいます。サッカーにおいていいプレーの『答え』が一つではない上に、いつも正解とは限らないし、他者によってそのあり方が変わってくる。このジレンマを受け入れて指導していることは日本の指導では珍しいため、一線を画していると思います」(山田氏)と独自の指導法を重んじている。
未就学児から小学6年生までのクラスを設け、“ACミラン”という看板と真新しさに興味を持つ入会者は増加。一方で、先述したように日本には馴染みのない指導法であるがゆえに定着させることが難しかった。
それでも現地への遠征やコーチからの指導を通して、イタリアの“ホンモノ”に触れ、価値観を様々な形で提供することで、子どもたちと保護者からの信頼をつかんでいった。その結果長く続けられる人が増え、経営でも軌道に乗り始めていた。
「海外遠征と言えば武者修行の感覚が強いですが、僕たちはあくまで海外経験、国際交流にフォーカスを置いていました。イタリア人と同じ肌感覚でサッカーをやっているということを理解いただき、ACミランアカデミーとしてのブランディングができるようになりました」と山田氏は振り返る。
新型コロナウイルスで変化を迫られるも
クリエイティブな考えで苦境を乗り切る
ACミランアカデミー愛知は10年を超え、イタリア国外ではクウェートに次ぐ世界で2番目に古参のアカデミーとなっている。「じっくりと進化する時間を与えられたことが要因」と山田氏は話すが、ブレない指導方針と山田氏がイタリア人コーチと日本人コーチの間を取り持ち、国によって異なる文化や思想のギャップを埋め合わせることで、本部からの信頼を得ていった。
しかしその中で直面したのが、2020年からの新型コロナウイルスである。対面での指導ができず、強みであったイタリア人コーチの指導もイタリアへの遠征も渡航制限で実施ができなかった。
緊急事態宣言やまん延防止重点措置の繰り返しで施設が使用できず、休業を余儀なくされた時期もあり、「何よりも大きかったのはこれまでの経験が生きなかったこと。変化を求められたときに自分たちが弱かった」と山田氏は語る。
厳しい中で生きたのは山田氏が雑誌社で培ったクリエイティブな考えだった。
ピッチ外において、「ひらめきや機転を利かせることができました」とイタリア講座やサッカーの座学などプレー以外のコンテンツを会員に提供することでサッカー離れの食い止めを図った。コーチ陣も不慣れながら練習メニューを0ベースから自分たちで考え、山田氏が本部のコーチからオンラインでコメントをもらいながら現場にフィードバックし、実践していった。
会社としては今も経営は厳しいが、2年目以降はこのサイクルが定着。そして新しい事業へ舵を切っていく準備が整った。
OB・OGの力を借り
地域を巻き込んだムーブメントを
ACミランアカデミー愛知が開校して10年以上が経ち、多くのOB・OGが巣立っていった。サッカーで結果を残している卒業生もいるが、特筆すべきはサッカー以外の舞台で活躍をしている人材が多いこと。プロボクサーやサッカーライター、ダンスや語学を突き詰める卒業生がいたりと、進む道は様々だ。
山田氏は一貫して「サッカーが ”可能性を広げるきっかけ” になるような生涯学習を年齢、性別に関わらず展開できる組織にしたい」という考えを持っており、それがイタリアで他国の文化に触れることであり、国際交流にフォーカスを置いている理由である。
サッカーは人生を豊かにする一つの手段。プロになれるのは5000人に1人、ワールドカップやチャンピオンズリーグに出られるのは40万人に1人と言われている中で、実績のある選手を輩出することだけに執着せず、自分のスキルややりたいことを突き詰めていくマインドを子どもたちに持ってもらうことが山田氏の願いだ。
そこで今後はこの価値観をさらに幅広い年代に提供するべく、中学生や高校生、大人のクラスを開校する予定だ。また様々なスキルを持つOB・OGと現在アカデミーに通う子どもたちが交流できるプラットフォームの構築、地域貢献を目的としたワークショップの開催を計画するなど、年齢や性別に関わらず、ACミランアカデミー愛知が掲げる価値観を惜しみなく提供していく。
「この経験を内々に留めるのではなく、外に広げていきたいと思っています。これまで作ってきた輪をアカデミー内だけではなく地域に広げていくようなプラットフォームを作っていきたい。同じ価値観を持つ人たちがつながって一つのチームになることができれば、このアカデミーはさらに強くなると思います」と山田氏は先を見据えている。
コロナで苦しみ抜いた先に見出した新たな手法で、コーチ陣と現在の生徒と保護者、そしてOB・OGと三位一体となって、この状況を乗り越えていく。