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昨年は羽生結弦、今年は荒川静香…地方競技会に2年連続で五輪金メダリストが駆けつける聖地・仙台に差した“希望の光”

 12月17日、仙台市泉区のアイスリンク仙台で、「第6回仙台市長杯フィギュアスケート競技会」が開催された。フィギュアスケート発祥の地・仙台で行われる、競技普及や次世代の選手育成を目的とした地方競技会。昨年は開会式にサプライズ登場した羽生結弦さんが演技を披露したことで、大きな話題となった。

 今年は荒川静香さんが会場に駆けつけ、出場者にエールを送った。地元のスケートリンクから巣立った五輪金メダリストが2年連続でゲスト登場するのは、仙台ならでは。荒川さんの激励を受けた宮城県内のスケーター約60人が、氷上で日頃の練習の成果を発揮した。(シニア、ジュニアはいずれもショートプログラム)

「ホームリンクで試合ができることは貴重な経験」

 荒川さんは開会式で、「私自身、将来にどうつながるかなかなか想像できずにスケートと向き合ってきましたが、想像できないからこそ、一つひとつの段階、大会において成長してオリンピックにたどり着いたのだと思います。目の前にある今の瞬間を大切にして、一つの大会に向けて頑張る毎日を過ごしていただきたい」などと挨拶した。

郡和子仙台市長や選手たちと記念撮影におさまる荒川さん

 荒川さんがスケートを始めたのは5歳の頃で、6歳の頃からアイスリンク仙台(当時の名称はオレンジワン泉)を拠点とした。本拠地で開催された大会に初めて出場した当時を振り返り、「その時の試合の思い出は今も鮮明に記憶に刻まれている。ホームリンクで試合ができることは貴重な経験だったと感じています」と語った。

 報道陣向けの取材では後輩たちの演技の感想を尋ねられ、「フィギュアスケートをテレビなどで見る機会も多い時代なので見せ方が上手。自分の気持ちを届けるような演技が印象的で、『こういう風に滑りたい』という理想があるのだと感じて将来が楽しみになりました」と目を細めた。地元から新たなスターが誕生することを待ち望んでいる。

荒川さんとアイスショーで共演した小学生スケーターの現在地

 荒川さんとの再会を喜んだ選手がいる。シニア女子で優勝した三浦向日葵選手(仙台泉F.S.C.)だ。東北生活文化大の3年生で、来年の国体出場を決めている実力者。小学5年生の頃に荒川さん、本郷理華さんとともにアイスショーに出演した経験があり、それがスケートに本格的に取り組むきっかけになったという。

 この日は「大学の服飾の先生に作ってもらった」という衣装を身にまとい、「ピアノレッスン」を華麗に演じた。「強弱がなく、静かな曲調の中でもアクセントをつけたり、ジャッジやお客さんの方を見たりして、見ている方が飽きないよう工夫しました」。その言葉通り、伸びやかなスケーティングと豊かな表情、振り付けがマッチした濃密な2分50秒を作り上げた。

圧巻の滑りで会場を魅了した三浦

 大学生になってからは、自らを客観視して感情をコントロールする術を身につけた。ジャンプなどの練習をした際に成功した数と失敗した数を比較し、失敗した数が多いと落ち込んでいた高校時代とは違い、現在は「成功した数ではなく、チャレンジした数が自信につながる」と思えるようになった。今大会も万全の状態ではなかったものの、本番ではコンビネーションジャンプを後半でリカバリーするなど落ち着いた滑りを見せ50点超の得点をマークした。それは練習で繰り返したチャレンジの賜物だ。

 大学進学前に一度競技を離れたが、アイスホッケーをしている2歳下の弟に「二人で国体の選手になろう」と声をかけられ、再びリンクに立った経緯がある。来年の国体は初めて二人そろって出場できる見込みだ。競技継続のモチベーションを高めてくれた弟に恩返しするためにも、チャレンジの日々は続く。

金メダリスト二人の背中を追う後輩スケーターたち

 三浦は荒川さんと同じ東北高校の出身でもある。「夢をいただいて、苦しい時はアイスショーの時の動画を見返したり、荒川さんが活躍されている動画を見てスピンなどを真似たりした。感謝の気持ちでいっぱいです」。身近に偉大な先輩がいることの意義は大きい。

 シニア、ジュニアの各カテゴリーでトップに立ったシニア男子の本田大翔選手、ジュニア男子の尾形広由選手、ジュニア女子の常田香穏選手はいずれも東北高校在籍中。羽生さんや荒川さんの後輩たちが今も仙台のフィギュアスケート界を牽引している。

 中でも、尾形は冒頭でトリプルフリップ+トリプルトーループを完璧に着氷するなど力強いジャンプを連発し、ジュニアデビューしたばかりの河本英士選手(仙台FSC)、佐々木雄大選手(宮城FSC)を圧倒した。

ジュニア男子を制した尾形

 最近は仙台で開催される大会のジュニア男子のエントリーが1人や2人にとどまっていたこともあり、以前の取材でライバルの少なさに対する寂しさを吐露していた尾形。今季は「自己満ですけど、自分の動画を見て良い感想をもらったりするとモチベーションが上がる」との考えで練習の様子をSNSで発信するなど、新たな試みを取り入れながら士気を高めてきた。年下の二人が加わった今大会は「絶対に負けられない。ぶっちぎりで優勝してやるぞ」と気合いを入れて臨めたという。

 3回転+3回転のコンビネーションジャンプや単独の3回転ジャンプが試合で決まる確率は徐々に高まってきている。来年に控える高校総体、国体では上位進出を狙う。

仙台市に通年リンク「かけがえのない貴重な場所に」

 11月下旬、仙台市が、ゼビオアリーナ仙台に国際大会などで「望ましい」とされるサイズ(縦30メートル、横60メートル)の通年型スケートリンクを新設することを発表した。2024年度から改修工事を始め、25年度の利用開始を目指す。現在、宮城県内の通年リンクは「望ましい」とされるサイズよりやや狭い(縦26メートル、横56メートル)アイスリンク仙台のみとあって、選手育成の追い風となることが期待されている。

 荒川さんは取材で報道陣からこの件について問われ、「『ようやく』という感じ。通年滑れるリンクということでかけがえのない貴重な場所になる。スケートの将来が明るくなると思うと嬉しい」と声を弾ませた。

 また三浦は選手の目線で、「環境が整うのはもちろん、子供たちが『応援されている』『いろんな方の支えがあってスケートができている』と感じられるようになると思う。小さい頃からスケートができる環境が当たり前ではないと感じ、感謝の気持ちを持ちながらスケートをすることは、選手としても人としても大事な部分」と話した。

実力が拮抗したジュニア女子で優勝した常田(中央)

 仙台ではかつて栄えたスケートリンクが次々と閉鎖され、アイスリンク仙台(当時の名称はコナミスポーツクラブ泉・スケートリンク)も2004年12月〜07年2月の期間、経営難により一時閉鎖に追い込まれた。11年は東日本大震災で被災して営業再開までに時間を要し、さらに今夏は電気代高騰の影響で一般営業の中止や営業時間短縮を余儀なくされる事態に陥った。

 「厳しい局面を何度も乗り越えて立ち上がってきた。オリンピック選手が多数出てもなかなか変わってこなかったこれまでの時間を考えると、大きな意義があるし、大きな希望」と荒川さん。“聖地”に光が差してきた。

(取材・文・写真 川浪康太郎)

読売新聞記者を経て2022年春からフリーに転身。東北のアマチュア野球を中心に取材している。福岡出身仙台在住。

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