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コロナ禍で来日、言葉の壁を乗り越え…柔道女子57キロ級グアム代表のマリア・エスカノ(仙台大)がパリ五輪に挑む

 7月26日に開幕するパリ五輪の柔道女子57キロ級に、仙台大4年のマリア・エスカノ選手(22)がグアム代表として出場する。国籍はアメリカで、出身は韓国。コロナ禍の真っ只中で日本に拠点を移し、仙台大で日本語の勉強や学業と両立しながら柔道を極めてきた。

 仙台大の現役学生が夏季五輪に出場するのは初めて。4日には壮行会が行われ、集まった柔道部員、職員ら約100人がエールを送った。日本で出会った恩師や仲間の大きな期待を背負い、晴れ舞台に臨む。

韓国で生まれ育ち、「南條夫妻」のいる仙台大へ

 パリ五輪の柔道競技では、国際柔道連盟が定めた予選期間内(2022年6月24日~2024年6月23日)に開催される国際大会の成績にもとづく世界ランキングで、各階級17位以内に入った選手に出場権が割り当てられる。今大会はそれとは別に「大陸枠」が設けられており、親戚がグアムにいるマリアはグアムに与えられている「オセアニア地域枠」で出場権を獲得した。

公開練習で汗を流すマリア

 生まれ育った韓国では元々はサッカーをしていたが、練習場の隣に道場があり興味を持ったのがきっかけで7歳の頃から柔道を始めた。高校卒業後に日本での強化拠点を探る中で、周囲から「仙台大柔道部は女子選手の指導に力を入れており、女子選手の伸び率が高い」と助言を受け仙台大への進学を希望。2020年から来日し、1年間の準備期間を経て2021年に入学した。

 仙台大柔道部では南條充寿総監督と南條和恵監督の「南條夫妻」が20年以上前から指導に当たっている。二人は選手としても指導者としても経験豊富で、南條総監督は日本女子代表の監督を務めた経歴を持つ。南條夫妻を中心に長年にわたって男女ともに選手育成に励んでいるほか、近年はハンガリーやウズベキスタンといった海外の代表チームをサポートするなど国際交流にも力を入れており、マリアにとってはうってつけの環境だった。

コロナ禍を活用、恋愛リアリティー番組で日本語習得

 成長する環境は整っていたが、来日直後はコロナ禍真っ只中だったこともあり、精神的な苦労を強いられた。帰国できないどころか外出の機会も限られており、ホームシックになって涙する日々を繰り返す時期もあったという。

 そんな中、自室で過ごす時間を有効活用し、日本語を猛勉強した。元々英語、韓国語、ロシア語、スペイン語の4か国語を話せたものの、日本語は「はい」と「こんにちは」しか知らなかった。恋愛リアリティー番組「テラスハウス」を見ながら分からない日本語を携帯のメモに記録し、その後人に聞いたり、自ら調べたりして徐々に習得。周囲との会話が増えるたびに日本での生活を楽しめるようになり、今では不自由なく日本語でコミュニケーションを取れるようになるまで上達した。

マリアを公私ともに支えた南條和恵監督

 慣れない期間は南條夫妻がたびたび自宅にマリアを招いて食事を振る舞い、韓国語を話せる南條監督は韓国語で会話を交わした。競技面以外の面でのサポートもマリアを支えた。

「粘れ!」恩師の教えが“自分の柔道”の礎に

 4日の壮行会では、柔道部女子主将の坂口千桜選手(4年)から花束を受け取ったマリアが「みなさんのサポートがなければ、オリンピックに向けて準備することはできなかった。オリンピックまでの道は長かったですが、助けてくれたみなさんに恩返しをできるよう、強い気持ちと感謝の気持ちを持って挑みます」などとあいさつ。その後の報道陣の取材では「4年間ずっと頑張ってきたので、代表に決まったことはとても嬉しいし、安心しました」と笑顔を見せた。

壮行会には坂口主将(右)ら柔道部員も多数駆けつけた

 幼少期に五輪で柔道史上初の3連覇を成し遂げた野村忠宏さんを知り、動画で野村さんの柔道を目にしてから、日本で柔道を学んで五輪に出場することが目標になった。実際に日本で実力を磨き、目標を実現させた。

 五輪では「自分の柔道に自信を持って戦う」と誓う。日本で身につけた「自分の柔道」は、南條監督から徹底して教え込まれた「粘り」の柔道だ。

 マリアは「和恵先生が毎日、『粘れ!』と言ってくれました。その意味をようやく理解し、その言葉を思い出しながら練習しています」と胸を張る。南條監督も「日本に来たばかりの頃はすぐにあきらめるし、粘りがなかった。派手に投げることはできるけど、日本人が得意とする粘りがないのは海外の選手特有の傾向。少しずつ我慢しなさいと伝えてきて、4年生になって粘りがついてきたと思います」と手応えを口にした。

南條監督(右)の教えを胸に練習に励んできた

 また得意技はプロレスのバックドロップに似た「裏投」で、相手が仕掛けてきたところを狙ってかける技のため、相手の仕掛けを待って先に「指導」を取られるのが弱点になっていた。その課題を克服しようと、積極的に技を仕掛ける練習や寝技の練習にも取り組んできた。パリでもグアム連盟の委嘱コーチとして帯同する南條監督と二人三脚で戦う。

強敵ひしめく女子57キロ級で「独特の空気」を味方に

 マリアが出場する柔道女子57キロ級は7月29日に試合が行われる予定。この階級は日本代表の舟久保遥香選手、カナダ代表の出口クリスタ選手ら強敵が名を連ねる。

仙台大柔道部で大きく成長を遂げた

 日本女子代表監督としてリオ五輪を経験した南條総監督は「オリンピックは独特な空気がある。その空気を味方にできるような準備をして、仙台大学で培ったものを出し切ってほしい」と期待を込めた。グアム代表ではあるが、仙台大柔道部の看板を背負って挑む五輪でもある。世界最高峰の舞台で、恩師と歩んだ4年間の集大成を見せる。

(取材・文・写真 川浪康太郎)

読売新聞記者を経て2022年春からフリーに転身。東北のアマチュア野球を中心に取材している。福岡出身仙台在住。

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