サムライセブン・吉田義人監督「7人制ラグビーのスペシャリストたちが日本代表を強くする」
元日本代表・吉田義人が立ち上げた7人制ラグビー専門チーム『サムライセブン』(以下サムライ)。
着実かつ大きな進化を続けるチームは創設11年目の今年を「新たなスタート」とも位置付けている。
サムライセブンと7人制ラグビーの未来について吉田監督が語ってくれた。
~7人制は1対1の攻防が積み重なる「個人競技」と言える
「サムライから日本代表選手を数多く輩出したい。7人制の専門選手が日本代表になることで世界の舞台で結果も出せるはず。日本ラグビー界のためにも15人制とともに7人制の底上げは急務であり、そのためにサムライは存在しています」
吉田監督は現役時代に15人制と7人制の両方で日本代表に選出された経験を持つ。実際にプレーすると同じ「ラグビー」でも全く異なる競技と思えるほどの違いがあった。15人制と7人制の兼任では世界と戦えない、と痛感したという。
「7人制はある意味で個人競技と言えます。15人制と同じフィールドを使ってその中でボールと人が常に動いているので、個々の技術やスピードが重要。1人1人がボールに触れる時間も長くなるので、『1対1の攻防の積み重ね』になります」
「ラグビーはスクラム、キックなどのセットプレー(ボールを止めた状態から始めるプレー)から動き始めます。7人制では(15人制同様に)セットプレーがあるようで、実はあまり存在しません。例えばスクラムは3対3で組むのですぐにボールが出る。ラインアウトも3人で自由に動いて行う。複雑なサインなどもあまりなく、個々の判断と決断力が重要です」
~身体能力に優れた他競技選手が必要
「一芸に秀でた選手」、「どの競技をやってもうまくできる感覚に優れた選手」を集めて磨き上げることにした。ラグビー経験の有無を問わず、他競技からも積極的に選手を受け入れている(2023年は陸上、バレーボール、野球&アメフト、ソフトボール&アメフトの経験者もチームに在籍する)。
「選手選考では、スピード、俊敏性、体幹の強さを重視します。それらが備わっていればアスリートとして必要な感覚が身についているとも思うので、何の競技でもトップクラスになれるはず。その上で覚悟があって努力をすることをいとわなければ、絶対に育つと信じています」
「僕自身が学生時代に何の競技をやってもトップ級でプレーできた。バレーボールをやれば1m近くジャンプできてアタックを決めた。野球をやっても相撲を取っても、専門にやっている選手に引けを取らなかった。だから『どの競技もうまくできる選手を集めれば良い』と思いました」
身体能力が高くて感覚が優れたアスリートならラグビーでも大成するはず、と確信した。また海外に目を向ければ、シーズン毎に様々な競技を行うことは当然で、「才能もより開花する可能性が高い」という実証データも存在する。
~専門選手を育てて強くなることで注目度が高まる
ラグビーの国際試合は15人制はワールドカップ、7人制は五輪競技やワールドカップセブンズといった形で行われている。強豪国はそれぞれを別競技と認識、チーム編成や強化方法を分けている。
「世界の流れに日本が遅れていることは否めない。世界で勝とうと思えば、7人制のスペシャリストを育てる必要がある。15人制のトップ選手を7人制に起用しても結果は出せない。学生カテゴリーから15人制と7人制、それぞれの専門選手を育てることが重要だと思います」
「サムライは7人制の専門家を育てることが目的の1つです。だから人数が揃っても15人制の大会には出場しません。自分たちの役割や立ち位置を選手にはしっかり話します。また練習、試合を通じて15人制と7人制のプレーの違いも細かく教えています」
「高校世代は少しずつそういう流れができつつあります。15人制では強豪校に勝てないので、7人制に力を入れて専門選手を育てる学校も出てきている。強豪校を破って(7人制の)全国大会に出てくる地方の公立高を見かけたりします」
「現役晩年に筑波大学大学院でスポーツ教育を学び、『ゴールデンエイジ』の重要性を研究しました。ラグビーで出会った他国の一流選手は子供の頃から複数競技で才能を発揮していたというデータが取れた。今後の日本もそうなるべきです。サムライでは良い部分をどんどん取り入れています」
「他競技から来た選手は技術や経験などで苦労することは多く、一人前のラガーマンになるには5年近くかかる。だから『細かい部分はある程度、理解してくれれば良い』と言っています。そこに良質のラグビー経験者が加わればチームとして機能するはずです」
陸上や野球、アメフト等で活躍した選手がイチから挑戦する。そこに高校時代に全国制覇した者や本場・英国でプレーしていたラグビー経験者がいる。お互いに切磋琢磨しながら高みを目指している。
~五輪で結果を残すことでラグビーがメジャー競技になる
7人制に特化した選手作りにこだわるのは、世界で結果を出すためだ。五輪競技の7人制で勝ってメダルを獲得することが世界のラグビー界の新たな価値観にもなりつつある。
「フィジーは15人制では世界7位(8月28日時点、日本は同14位)だが、7人制では常に優勝を争う。7人制の戦い方を熟知しているから結果を出せている。日本もそういう環境を目指していきたいと思います」
「ラグビーW杯も話題になっていますが、それ以上に注目を集め応援されるのが五輪。特に日本では五輪でメダル争いをすればメジャー競技になります。東京五輪で日本男子は12チーム中11位(優勝はフィジー)。もっと強くならないといけません」
7人制に対する認識も改められ、強化へ向けての動きも見られるようになってきた。まずは国内での試合数を増やすことで経験値を高めていくことが必要となる。そして若年世代からの強化も欠かせない。
「女子の7人制には国内サーキットが存在するが男子にはない。ラグビー協会の方々も実情はご存知で、実現に向け動いてくれています。ここが変われば強化が飛躍的に進むと思います」
「世界に通じる日本代表選手を育てるなら、ジュニア世代からの強化も必要です。ジュニア世代では15人制の大会はあるけど7人制のものは皆無に近い。世界強豪国はジュニア世代を金の卵として大事にしています」
~日本代表選手を1人でも多く出したい
サムライのチーム活動をメンバー全員で行うことができない日も出始めている。吉田監督は母校・秋田工業ラグビー部強化部長を兼務するなど多忙を極める。また国体時期等には各都道府県チームへ招集される選手もいる。
「心配はないです。過去にはチーム活動への不安を口にする選手もいましたが、今はそういうのが全くない。根本にはサムライがあることを全員が理解しており、自分がやるべきことを把握している。10年の時間の積み重ねでチームの柱ができた感じで嬉しいです」
「7月の富士山セブンズは苦しんでの優勝でした。私自身が練習に顔を出せなかった弊害もあったと思います。しかし選手たちと共に常に最善策を見つけ出そうとしています。例えばラグビー経験者の選手がコーチ役を担ってくれますが、彼らは今すぐに指導者ができるくらい質の高いコーチングをする。そういう人材が育っているのもサムライの強みです」
「日本代表合宿に選ばれた選手(栗原優)も出ましたが、今後はそういう選手を増やしたい。そのためにはサムライとして参加した大会は全て勝つことで存在価値を証明したい。国体に招集された選手は7人制の専門家としてレベルの高さを見せて欲しい。7人制専門選手が1人でも増えることで日本代表はもっと強くなるはずです」
2014年3月に誕生したチームは今春で10年を迎えた。様々な人々に支えられながら日本の7人制ラグビーにおいて大きな存在になりつつある。2016年リオ五輪から正式種目になった競技、今後目指すは世界一だ。
「感謝の気持ちだけは絶対に忘れないこと。自分一人では何もできない。仲間やサポートしてくれる人たちに感謝すれば物事に実直に取り組めるはず。そういう姿勢があれば成長は止まらないので世界一も夢ではない」
チーム創設10年はあくまで通過点、吉田監督が現役時代に背負った番号と同じ「11」年目は新たな出発点となる。「前への気持ちは常に持っている」という吉田監督のもと歩みを止めないサムライセブンは、これからも多くのことを成し遂げてくれるはずだ。
(取材/文/写真・山岡則夫、取材協力・サムライセブン、帝京科学大学・榊原研究室)