「日本一野球が好き」な岩手のクラブチームを牽引 水沢駒形野球倶楽部が積み重ねる“一生懸命”の日々

大谷翔平、佐々木朗希(いずれもドジャース)、菊池雄星(エンゼルス)……名だたるスター選手を輩出してきた野球大国・岩手県。世界へ羽ばたく人材が育つ土地でありながら、地元で白球を追い続ける野球人が多い県でもある。硬式野球クラブチームが各市町村にあり、その総数は全国最多の21チームに上るのだ。1920年創部で、今も岩手のクラブ野球を牽引する水沢駒形野球倶楽部(奥州市)の佐藤辰哉監督に話を聞いた。
2023年に佐藤辰哉監督が就任、2年連続でクラブ選手権出場
100年以上の歴史を誇る水沢駒形野球倶楽部は、全日本クラブ野球選手権大会に過去25回出場し2回準優勝に輝いている強豪チーム。アマチュア球界で名の知れた選手も多数集まってきており、かつては大谷翔平の兄である大谷龍太(現・トヨタ自動車東日本監督)らが在籍し、今年は花巻東高時代に甲子園で「カットマン」と呼ばれ話題を集めた千葉翔太が主将を務める。
佐藤監督は専大北上高を卒業後に入団し、今年で30年目を迎える。主将やヘッドコーチなどを歴任したのち、2023年に監督に就任した。

「スター選手も特別にうまい選手もいない中、ただひたすら、一生懸命に練習して歴史をつないできたチーム。一人ひとり仕事も違えば家庭も違うし、練習で全員が集まることはなかなかないんですが、選手のみんなには『10分でも15分でもいいから時間を見つけて、仕事や育児をしながら一生懸命、強い気持ちで野球をやろう』と伝えています。我々にはこの頑張りを続けていくことしかできないんです」
監督になって何かを変えたわけではない。「一生懸命」を徹底して歴史をつないだ結果、初年度に5大会ぶりの全日本クラブ野球選手権大会出場を果たし、昨年ものちに優勝するマツゲン箕島(和歌山県有田市)と善戦を繰り広げ8強入りする奮闘ぶりを全国の舞台で披露した。
“企業型”チームに対抗すべく充実させる「毎朝の1時間」
近年はいわゆる「企業型」のクラブチームが増加傾向にある。昨年後塵を拝したマツゲン箕島もその一つだ。水沢駒形野球倶楽部は各々の職場や家庭を持つ選手が集まる「同好会型」のクラブチームのため、練習時間は限られる上に遠征費などの費用は選手が自己負担する。

全体練習は毎朝6時からの約1時間。各自可能な限り参加し、その後はそれぞれの職場へ向かう。練習にはマシンにボールを入れたり、球拾いをしたりしてサポートしてくれるOBの存在が欠かせない。佐藤監督は「OBの方々への感謝を言葉よりも結果で表したい」と力を込める。
「企業型のチームが増えてきて以前より頂点までの道のりは険しくなりましたが、それに対して悲観することはありません。強い相手に勝ってこその日本一だと思っています」。歴史をつないできたOBの力も借りながら、充実した「毎朝の1時間」を積み上げていく。
地元やファンへ恩返し「野球を通じて笑顔を届けたい」
4月20日、B-net/yamagata(山形市)と今年初の実戦となるオープン戦を行った。会場のきらやか銀行総合グラウンド(山形県中山町)には水沢駒形野球倶楽部の応援団が駆けつけていた。地元に愛されるチームならではの光景だ。
「応援してくれる地域の方々に、我々の野球を通じて笑顔を届けたい。奥州市で生まれ育った大谷翔平くんのようにたくさんの夢や希望は与えられないですが、地元だけでも、一人でも二人でも、楽しませたいんです。今は球場に足を運んでくださる方やSNSで発信してくださる方もいるので、そういう方々にもクラブチームの野球と良い試合をお見せして恩返しをしたいと思っています」

「地域貢献」はクラブチームの役割の一つ。地元やファンへの恩返しが最大の原動力になっている。また佐藤監督は「監督になってからは、いかに選手がプレーしやすい環境を作れるかを第一に考えています」とも口にする。
「仕事や家庭で嫌なことがあっても、ここに来れば野球ができてみんなと楽しく夢を追える。何歳になってもそういう環境があれば幸福感が生まれるし、人生が豊かになると思います」。ミスをしても責めることはしない。グラウンドで沈んだ顔をしている選手がいれば声をかけ寄り添う。そしてなにより、「全国大会という晴れ舞台を準備してあげられる」よう、全力で勝利を目指す。
「なぜ岩手県からすごい選手が何人も出るのか」の答え
「よく『なぜ岩手県からすごい選手が何人も出るのか』と聞かれますが、私は『日本一野球が好きだからじゃないですか』と答えます。岩手の自然や穏やかな風土、思いやりのある県民性に育まれながら、野球に熱いお父さんたちに見守られて野球を頑張ってきたからこそ、良い選手がたくさん生まれるのではないでしょうか」と佐藤監督。その言葉には説得力がある。
岩手のクラブチームの選手の多くは軟式野球チームと掛け持ちをしており、小中学生を指導したり、シニアの大会に出場したりしている選手もいる。週末はグラウンドに立ってカテゴリーを問わず野球と携わる文化が、深く根付いているのだ。

また一昨年からは、岩手のクラブ選抜チームを結成し県内の企業チームであるトヨタ自動車東日本、JR盛岡と対戦する新たな試みもスタート。野球の競技人口減少が叫ばれて久しいが、岩手では野球熱が冷めるどころか高まり続けている。根底にはやはり、「野球が大好き」な県民性がある。
水沢駒形野球倶楽部はその先頭を走り、これからも伝統をつないでいく。「スタンドに応援に来てくれる選手の子どもたちに『お父さんと同じユニホームを着てプレーしたい』と思ってもらえるよう、ただひたすら、一生懸命に野球に取り組みます」。次の100年の物語は、日々の地道な努力とともに紡がれる。
(取材・文・写真 川浪康太郎)