おらが町に現れる非日常。岩手ビッグブルズ新練習場が目指す『シンボリックな場所』

岩手県で、一つの体育館が生まれ変わろうとしている。岩手県紫波郡、矢巾町(やはばちょう)にある、「旧アイワ体育館」だ。岩手県を本拠地とし、現在B3リーグに所属するプロバスケットボールチーム、岩手ビッグブルズ。矢巾町が保有する体育館をチーム専用練習場として利用する『ブルズアリーナ』プロジェクトとして、2021年1月からの利用開始に向け改修が進められている。

行政とクラブが手を組み、公営体育館を練習場に変えていく、というユニークな形で実施される本プロジェクト。11月1日には『共につくろうぼくたちの#ブルズアリーナ』を合言葉に、ブルズアリーナをブースター(ファン)と盛り上げていくクラウドファンディングもスタートした。

町、クラブ、ブースターが一体となって作り上げる体育館。なぜ今、専用練習場を準備するのか。選手が望む、クラブが目指す、町が期待する新しい『ブルズアリーナ』はどのような場所になっていくのか。本プロジェクトをリードする岩手ビッグブルズ三浦崇取締役と“Mr.ビッグブルズ”こと千葉慎也選手に話を伺った。

『チームの中心』としての体育館の不在

体育館——そこは町の中で色々な役割を果たしている。時には、町民がスポーツを楽しむ場所として、あるいはなにかを機会に人が集う場所として、地域コミュニティの核となる存在でもある。誰しもが、何らかの形で一度は利用したことがあるだろう。

現在B3リーグで活動するバスケットボールチーム、岩手ビッグブルズにとって、体育館は活動拠点であり、中心となる場所だ。リーグでの試合は勿論のこと、練習でも日常的に使用する。岩手ビッグブルズはこれまで専用の練習場を持たず、盛岡市や滝沢市・雫石町など、公共の体育館を借りる形で活動を行なってきた。しかし、10年の活動の中で、専用練習場がないことが、様々な面からチームの強化に影響を及ぼすようになっていた。


『ブルズには移籍しづらい…』専用練習場がないことで起きていたこと

チーム練習、個人練習…練習の度に必要となる体育館。借りるには当然予約が必要だ。ブルズではこの予約をチームのマネージャー、時には選手自らが行なっている。申込可能日になる度に市営体育館の予約窓口に連絡をする日々。しかし、プロスポーツクラブではあっても優先されるわけではない。一般利用者の申込との兼ね合いから、予約が取れない事態も当然に発生していた。千葉は語る。

「一番苦しいのは、場所が取れず、練習ができない、という事態になることです。自分たちがやりたい練習の時間が確保できない。それがプレーに直接響いてくる、という実感はありました」

それに加えて、毎日練習をする選手だからこそ直面する悩みもあった。日々点々とする練習場への移動の問題だ。練習場が定まらないことで、通うためにどこに住むのがよいのか決めづらいのだ。

「他のチームの選手からも、(住むところが決めづらいから)岩手ビッグブルズには移籍しづらい、という声を耳にしました。選手もやはり生活の部分を考えます。場所が決めづらい、車を買わなくてはいけない…。色んなことが積み重なると、移籍への障壁になりますし、選手同士、狭い世界なので、こういう悩みはすぐに広まります。チームの強化、という部分には凄いデメリットなのでは、と感じていました」

個人の強化、チームの強化、両方の部分で専用練習場がないことが、ビッグブルズの躍進にブレーキをかけている現状があった。

(一般の体育館を時間借りしての練習。ウェイトトレーニングの施設が体育館内にないなど、練習環境としても様々な難しさを抱えていた)

立ち上がった『ブルズアリーナ』プロジェクト

こういった現状に、チームも立ち上がった。専用練習場となる円筒型体育館の新設を検討した。が、予算面から断念せざるを得なかった。しかし、一緒に検討をしていた建設業者から救いの声が届いた。「矢巾町に使い道を再検討している体育館がある」という話だった。

元々アイワという企業が保有していた体育館。2002年に町に寄付され、中学生の部活などで活用されてきた。老朽化は進んでいたが、建物はしっかりしており、町が改修と合わせて再活用の方法で検討をしはじめていたところだった。くしくも町では2020年4月に文化スポーツ課が設立し、町としてのスポーツ振興に旗を振りだしたタイミング。すべての条件がかみ合っていた。町が貸し出し、岩手ビッグブルズが改修費用の一部を寄付、という分担で6月に協議を開始し、8月には合意。話はとんとん拍子に進んだ。

「なかなか、体育館を保有していて、貸し出そう、というところはないですよね。奇跡的なタイミングだったと思います」と本プロジェクトをリードする三浦崇取締役は笑った。

(2020年8月には矢巾町・岩手ビッグブルズでの共同記者会見が行われた)

町からの期待

矢巾町は盛岡市のベッドタウン。家族世帯も多い町からの期待は、バスケットボールを通じた町の子どもたちの育成だ。ここは、岩手ビッグブルズの目指すところとも合致している。

「私たちは、次代の子どもたちに対して何を残していけるのか、というのをいつも考えています。岩手ビッグブルズがあったから、岩手を好きになった。大きくなってから、岩手に帰ってきたいと思った。岩手ビッグブルズを見て、スポーツ選手を目指したいと思った。彼ら彼女たちの根底となるものがなにか、ブルズから得られた、ということができれば、凄く嬉しく思いますし、我々のあるべき姿だと思っています」

その為に提供するのは、単にスクールでバスケットボールを教える、といった部分だけではない。「選手の活動風景やふれあい――そういったものを通じて、勇気や元気、そして、自分の何かを変えてしまう瞬間を提供したい」三浦氏は語った。それは、過去に三浦氏自身がブルズから受け取ってきたものだ。

「初めて試合を見に行って以来、私、習慣が変わったんです。土日は家族と一緒に試合を見に行くようになりました。この、一瞬の出会いで、人の習慣、人生をも変えてしまう力が、ブルズにはあると思っています。こういう機会を提供したい」

(現在取締役を務める三浦氏も、ブルズとの出会いによって人生が変わった一人だ)

日常の中の非日常

キーワードは、『日常の中にある非日常的な空間』だ。

「選手は1ファンからすると、ちょっと遠い存在かもしれません。試合での信じられない様なプレーや凄い音など、非日常感を凄く感じさせてくれます。でも、ブルズアリーナに入ると、その選手が(練習が開催される時は)日常的にいる、そして陰で凄い努力をしている。そんな姿を目にすることができます」

ブルズアリーナの扉は、『非日常』への入り口だ。そんな扉が、普段はベッドタウンとして穏やかな時間が流れる町の日常の中に生まれる。それは、たまたま横に住んでいたのがブルズの選手だった、という三浦氏の様な体験をする子ども達を増やしていくのかもしれない。

利用開始後にはアリーナでの運営を予定するバスケットボールスクールもそんな経験を後押しする。千葉ら選手がコーチとして関わるスクールは、試合や練習で想像を越えるプレーを見せていた選手が、目の前で教えてくれる場所。プロと自分がつながる瞬間だ。
「夢や目標を見つけた子ども達を、活性化させてその実現につなげていくのがコーチとしての自分の役目です」と千葉も言葉を重ねた。

(今回のクラウドファンディングで活用する段ボールブースターもその演出に一役を買うだろう。プロの選手の練習場の中に貼られた、自分や家族の写真…。日常と非日常の融合だ)

シンボリックな場所へ、皆で作り上げていく

『ブルズアリーナ』をシンボリックな場所にしたい、と三浦氏は語る。

「そこに行けば、ブルズの選手に触れ合え、試合では得られないまた違う意味での元気であったり勇気をもらえたりする場所になっている。そして、夢を持つ子どもが増え、岩手でのバスケットの育成の拠点になっている…そんなシンボリックな場所になっていってもらいたい、と思っています」

その為には、チームの更なる躍進も必要だ。B1リーグライセンス取得を見据えたユース・U-18チームの具体化。チーム生え抜きの選手育成による競技力の向上。そういった部分もこのプロジェクトは見据えている。しかし、チーム内部の考えだけでは、シンボリックな場所へは育っていかない。地域の人、そして関わるブースターの視点、協働が不可欠だ。だからこそ、今回はクラウドファンディング、という方法をとった。合言葉は『共につくろうぼくたちの#ブルズアリーナ』だ。

「これまでの2回のクラウドファンディングは、チームの経営危機を何とか救って欲しい、という要素が強いものでした。しかし、その2回を通じて、ブースターの皆様との有意義なコミュニケーションツールとなってくれている、と凄く感じていました。私たちは、皆で『ブルズアリーナ』を作り上げていきたい、と思っています。今回のクラウドファンディングプロジェクトの大きな目的の一つは、皆様とのコミュニケーションです。どんな空間にしていくのか、どんな場所になってほしいか。沢山のコミュニケーションをとり、一緒に作っていければと思います」

(ベンチ敷設、サイネージ、イベント企画…。クラウドファンディング以後のコミュニケーションも見据えて、今回の取り組みではコミュニティスペースにする為の企画も多く取り込まれている)

町、クラブ、そしてブースターが一丸となって作り上げる『ブルズアリーナ』は21年1月のオープンを予定している。企業の1体育館からプロの練習場、そして町のシンボル、夢が生まれる場所へ…。町の中にある体育館は、皆の期待を乗せて姿を変えていく。

(『つながるまち。やはば』の中に生まれた、非日常、未来へのつながり。そこから生まれる光景を、チームも、町も心待ちにしている)

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