元アスリートが語る スポーツの仕事「やる」から「つくる」へ- Vol.6–元サッカー選手後藤史さん~後編~
(出典:Sports Japan GATHER「元アスリートが語る スポーツの仕事「やる」から「つくる」へ- Vol.6–元サッカー選手後藤史さん~後編~」2015年12月23日)
6回目
後藤史(ごとう・ふみ)さん/29歳
サッカー選手→メンタルトレーナー(株式会社リコレクト)
「成果が見えにくい仕事だからこそ、『結果』にこだわる」
ところで、後藤さんはなぜセカンドキャリアに“メンタルトレーナー”を選んだのか。
「今度はちゃんと才能のあることをやろうと思ったんです。日本でプレーしているときにチームの中で、自分の立ち位置を作ることができていたのは、人とのコミュニケーションが上手だったからかなと思っていて。例えば、言葉は悪いですけどゴマするのもうまかったですし。ゴマをすれるって、いま相手が何を考えているのか、どんな言葉が嬉しくて、どんな言葉が嫌なのかっていうことをいつも無意識に気にしているからなんです。でも、それも一つの才能だなって」
現役時代、最初は「メンタルトレーニングって怪しいな」と思っていたという後藤さん。ジェフ時代は、森川さんともなかなか喋ろうとしなかった。
「“他人のメンタルなんて分かるわけない”って思っていたんですよね。コントロールされるとか、押し付けられるイメージがあって嫌だったんです。でも実際やってみたら、別に何にも押し付けられることは無くて。どっちかっていうと自分の弱さを見なきゃいけないし、自分が出したい結果に向けて、やらなきゃいけないことを事実として突きつけられるし。そこで感じたのは、現場に則しているということでした。ちゃんと毎回今の自分と向き合って、心の整理をしたら、結果が出てきたから『ああ、メンタルトレーニングってひとつの方法論なんだな』って。実際、私がそういう方法論を知らなかったら、スペインでボロボロになったときも、あそこからどうやって自分を立て直していいか分からなかったし、もちろんあのアーセナル戦も無かった。だから、アスリートたちの間でメンタルトレーニングの需要が、これから確実に広がると思ったんです」
基本的にはアスリートと一対一で話をするのが「メンタルトレーニング」の形。ゴルフ、テニス、フィギアスケートなどの個人スポーツのアスリートの需要は多い傾向にある。他にも団体競技の選手やバスケ、ラグビーなどのチームとも契約を結ぶ。成果が数字などで見えにくい仕事だからこそ、後藤さんたちは実際に結果を出すことで、その価値を証明していくべきと考えている。
「いちばん最初に選手に聞くのは『この試合で優勝する』『ランキングを何位まで上げる』というゴールです。そして、その目標を達成するのが、私たちの責任だと考えています。トレーニングのやり方は、メディカルケアやフィジカルトレーニングとまったく同じで、試合の前に選手と試合に向けた準備をしていきます。その結果を受けて今度は次の試合の準備をしていく、そのサイクルです。試合に向けてマッサージや筋トレをするのと一緒で、試合に向けて心の準備をするんです」
1回のトレーニングは1時間半。ここで、実際の「トレーニング」の様子を少し見せていただいた。お相手は、8月の全日本実業柔道個人選手権63キロ級で優勝した貝沼麻衣子選手(JR 東日本女子柔道部)。
怪我後”何かを変えなくてはいけない”と感じメンタルトレーニングを始めた貝沼選手
その一試合一試合で、どんなことが起きたのか。そのとき自分はどんなことを考えたのか、どんな気持ちだったかを思いつくままに話す貝沼選手の言葉を遮らないように、時折、後藤さんは相づちや短い質問を挟みこんでいた。
「貝沼さんは、自分の感じている緊張や不安を自分でキャッチできる人なので、私ががんばって引き出さなくても、素直にどんどん話してくれるんです。だから、なるべくその腰を折らないようにお話を聞くスタイルですけど、選手によっては引き出した方がいい場合もあります」
2年前にヒザの前十字じん帯の損傷で、再建手術をした貝沼選手。その後まったく試合で結果が出せなくなったことで、モチベーションが下がってしまった。練習にも行きたくなくなるほど苦しくなった時期に“何か変えなくてはいけない…”と感じて、インターネットでメンタルトレーニングを知り、リコレクトにやってきた。
「最初に彼女が来たときは、モチベーションが低いことも、ケガで以前のような動きができなくなったことも全部、否定的に捉えていたんですよね。『ケガをしたからいけない』とか『モチベーションが低いから勝てない』とか、自分に×をつける習慣ができていたんです。だから、まずはケガをしている自分を受け入れて、“じゃあその状態で結果を出すためには何ができる?”っていうのをひとつひとつ言葉にして、整理していってもらうと、自分が結果を出すために今できることが明確になる。それから毎回、心の整理をして次に何をできるかを、貝沼選手の鏡になってサポートさせてもらっているんです」
トレーニングを受けている貝沼選手は、どんなところがプラスになると感じているのだろうか。
「考え方が自由になりました。例えば『練習を休んじゃいけない』ってずっと思っていたんですけど、ここに来て『たとえ休んでも結果が出れば、その休みは必要だったってことになる』って気付かせてもらいました。自分の中で目的のために休むのは良いことになったんです。それからは、休むことも練習することも結果を出すためには罪悪感なく、両方とも充実してできるようになりました」
全日本実業柔道個人選手権で優勝した貝沼さん「考え方が自由になりました」と話す
「言葉は仕事道具。いつも磨いておかなきゃいけないもの」
後藤さんが今の仕事に就いてからオフに会うようになった相手が、浦和レッズレディースのキャプテンを務める妹の三知(みち)さん。2人でご飯を食べたりするのが常だが、この日、語り合ったのは“世界陸上男子100メートルで、なぜガトリンはボルトに勝てなかったのか”。三知さんに、現役時代と現在の史さんの違いを聞いてみた。
「変わったのは距離感ですね。史ちゃんがプレーヤーのときは、それぞれ違うチームだったから、お互いに共有や共感したりっていうこともあんまり無かったんです。でも今は仕事が違っても、感じたこと、気づいたこと、面白いと思ったことを2人で話すと、どんどん話がふくらんでいったり、発展していったりするんです。いつも自分が見たことのない世界を教えてくれて、視野を広げてくれる存在だなって思っていますね」
史さんにとっても、三知さんとの会話は刺激になるという。
「例えばさっき話をしていて、彼女が『勝負の中の遊びゴコロ』っていうフレーズを使ったんですけど、“そういう言葉の表現って面白いな”って思いました。トップレベルで戦う選手が感じていること、しかも私にないものをフッて投げてくれるので、すごく刺激になるんですよ。言葉は仕事道具として、いつも磨いておかなきゃいけないものだなと思っています」
浦和レッズレディースのキャプテンを務める妹の三知さんと話すことは刺激になるという
最後に、後藤さんからセカンドキャリアを考えるアスリートたちにアドバイスを。
「私がこの仕事を始めたばかりのころ『本来ビジネスマンはこうあるべき』という型に自分をはめて失敗しました。元サッカー選手である自分よりも、服装から名刺の渡し方や話の入り方とか、ビジネスの常識みたいなものを優先してがんじがらめになってしまったんです。企業に営業に行っても、2カ月間はまったく研修の仕事が取れませんでした。アスリートとしての経験談とかを相手は聞きたいのに、本で読んだ営業の知識にばかり気を取られていて、自分で自分の良さを消してしまっていたんですね。それに気づいて、私がサッカーで培ってきたコミュニケーション方法や結果を出してきた経験をヒントにしたらトントントンって結果がすぐ出て。自分が一生懸命やってきたファーストキャリアの経験は、必ずセカンドキャリアで活かせるし、むしろ活かすべきだと思います」
後藤史/1986年10月25日生まれ、三重県鈴鹿市出身。
2007年、なでしこリーグ2部ジェフユナイテッド市原・千葉レディースに入団、ポジションは右サイドバック。08年に1部に昇格。10年、スペイン女子サッカー1部リーグのラージョ・バジェカーノへ移籍。日本人として初のスペイン女子リーグプロ選手となる。12年に現役引退。その後、(株)リコレクトに入社しメンタルトレーナーとして活動を始める。
リコレクトHP: http://www.recollect.co.jp/
※データは2015年12月23日時点
記事提供:アスリートのための、応援メディア Sport Japan GATHER
https://sjgather.com/