自らのバックボーン生かし、前向きな声掛けと観察力を育む指導に徹する。

大好きな湘南でチームの力を引き上げたい

「神奈川県で一番のチームになる!」――。辻堂・茅ケ崎・湘南で活動するサッカーチーム「FC.ゴールデン」でコーチを務める伊佐治マーク・デビッド(以下、マーク)さんの掲げる目標は明快だ。

FC.ゴールデンは1~12歳を対象とした運動教室やサッカーチームを運営する株式会社湘南GoldenAgeアカデミー(神奈川県藤沢市)の事業の一つ。2020年春の創設で、現在未就学児から小学4年生までの子どもたち約60人が練習に汗を流す。

マークさんは4人のコーチの一人で、2021年9月から参画。子どもたちはもちろん、保護者からも親しみを込めて「マービィ」と呼ばれるほど、チームに溶け込んでいる。

伊佐治マーク・デビッドさん

「まだ日も浅く、指導力は未知数かもしれないが、大好きな湘南でチームの力を引き上げたい」というマークさんに、自らのバックボーンを生かした指導法の要点を聞く。

近所の公園で声を掛けられてから始まったサッカーとの縁

―マークさんとサッカーとの出合いは。

「ぼくは1987年4月にアメリカで生まれ、ニューヨーク州のロングアイランドでずっと暮らしていました。現地ではサッカーよりもバスケットボールに興味がありました。ところが、7歳の時に養子として来日します。東京の板橋区です。

来日するまで日本とは無縁だったので、まったく日本語を話せないし、親しい友だちもいない。仕方なく、近所の公園でサッカーを眺めていたら、見知らぬおじさんが声を掛けてくれたんです。後で分かったんですが、そのおじさんはクラブチームの会長だった。その縁でチームに入り、結局高校卒業まで運動といえばサッカー一筋でした」

―マークさんにとって、サッカーの魅力はなんですか。

「一言で言えばゲーム性です。相手チームによってはフィジカル的に不利なことなどもありますが、頭を使って相手の陣形を崩し、チャンスをつかめるからです。極端な話『止めること』と『蹴ること』さえできれば、チャンスは巡ってくる。そういうゲーム性が好きですね」

―現在もプレイヤーとしてフィールドを駆け巡っているのですか。

「高校時代にはプロに憧れたこともありましたが、目指すべき頂は高いんです。そこで、社会人になってからはフットサルのチームに選手として関わったりしました。まだ30代なので、できればもう一度地元のフットサルチームに入って県大会を目指したいと願っています。教える立場としては、出身中学の後輩や埼玉県の小学生の指導にあたったこともあります」

―東京のマークさんが湘南のチームを指導するようになったきっかけは。

「きっかけは湘南エリアとの縁です。強いて言えば仕事とライフスタイルの変化かな。ぼくの本業は通訳や翻訳です。そこから派生して日本への進出を目指す欧州企業のコンサルティングやIT人材に特化したエージェント業などにも携わっています。こちらに来る前から英語教室の講師もしていました。

そういう仕事と並行して、コーチングやマーケティングなどを学ぶために6年ほど前から茅ケ崎に毎月通っています。そうこうするうちに、新型コロナウイルスの影響で“新しい生活様式”を考えるようになりました。

もともと湘南の雰囲気は好きだし、何度も行き来するうちに友だちもたくさんできました。海が近くにあるのも魅力的。海のある暮らしは幼少期の原風景だし、何より落ち着きます。そこで、2021年7月に茅ケ崎に移り、仕事と生活の拠点にすることにしました」

仲間を大事にすること、前向きに声を掛けることから教える

―“現役時代”のポジションは。

「一通りやりましたが、最も長かったのはフォワードでした。性格的に目立ちたがりだったし、ゴールを決めると気持ちいいですからね。今は全体を見て、試合の流れに関わるボランチのような役割に興味を覚えます」

―日本サッカーの特徴をどう見ますか。

「日本代表ではないので、偉そうなことは言えませんが、一ファンとしては、完璧さを求めがちだと思います。リスクを張ってまでチャレンジしない傾向があるとも言える。逆に、多くの海外勢はボールを持ったら離さない、良くも悪くも我の強さがあります。

日本流サッカーは小学生にも浸透していて、非常に協調性を重んじる傾向が強いと思います。実際、練習試合で他のチームと対戦すると先生や親の言うことをよく聞いているなと思います。その点、うちのチームは伸びやかで、良い意味で自己主張が強いと感じます。もっと自由に、自分たちの考えや発想で試合を組み立てたり臨んだりすれば、より良い成果を得られるのではないかと思います」

―失敗を恐れず勇猛果敢に、ということでしょうか。指導では、どんなことに気を遣っていますか。

「4人のコーチはそれぞれに役割分担をしているのですが、ぼくは主に未就学児と小学1、2年生の指導をする一方、チーム全体のサポートも担当しています。指導面で心がけているのは『声の掛け方』と『視野の持ち方』です。

声の掛け方の前提となるのは仲間を大事にすることです。特に1、2年生は仲間がミスをすると、そのことをなじったりイライラしたりしがちです。しかし、それでは解決しない。そこで、前向きな声掛けをするように指導しています。ミスを指摘するより相手の気持ちが上がるような声を掛け、次のプレイに切り替えるということです」

ミスを指摘するより相手の気持ちが上がるような声掛けに努める

―素晴らしい心がけですね。では視野の持ち方とは。

「経験上、何事も細かいところまでよく見ることの大切さを痛感しています。肝心なのは、ただ漫然と見るのではなく、しっかり見た上で真似をすることです。例えば、ジャンプするとき、より高く跳ぶためには足の力だけでは不十分なんです。高く跳ぶためには手の反動を使う。まずコーチが手本を見せて、それを真似させる。真似れば確かに高く跳べる。そういう体験をさせて反復させる。それだけでも、考え方や体の動きはずいぶん変わります」

―そういう指導の手応えは。

「コーチになったのが2021年の9月ですから、まだまだ成果を云々する時期ではないと思いますが、わずか3カ月足らずの12月の試合では、1、2年生がミスをした仲間に対して『切り替えていこ!』と声を掛けていました。少しずつ変わってきているなと率直に思いましたね」

選手一人一人の個性や特徴、弱点に応じて力を伸ばす

―指導する上で、マークさんのバックグラウンドはどう生かされていますか。

「振り返ってみると、ぼく自身、言葉がまったく分からない国で生きていくために他人の顔色や目を無意識に見て育ってきたように思います。わざとではなく無意識に。それが結果的に誰とでもためらわずに話ができ、明るくふるまえるようになった理由だと思います。いろんな人とつながることが苦にならないのは今の仕事にも役立っていますね。

うちは1学年10人前後で構成されているので、ぼく一人で面倒を見ることができます。つまり、一人一人に目が行き届くので、個性や特徴、つまずきの原因などに対処できるわけです。指導にあたっては『ダメ』とは言わない。『ダメ』と言う代わりに『いいね』と声を掛ける。肝心なのは積み重ねです。『いいね』が10個集まれば一種の“自信のスタンプ”がたまります。こうして選手各自の自己肯定感を上げていくんです。

例えば、リフティングが上手にできない選手がいるとします。その子にいくらリフティングを繰り返させても上達はしません。根本的なところが解決していないからです。根本的なところとは何か。多くの場合、うまくできない選手はボールを目で追えていません。ボールが見えていないのに、足の技術だけを磨こうとするから成果が出ないんです。それよりも、ボールを投げて目で追わせ、見ることの大切さを教えることが重要です。そういうところから始めます」

『ダメ』と言う代わりに『いいね』と声を掛ける

―メンタル面での重点は。

「根本的にはのびのびとやって欲しいと思っています。先生やコーチ、親などの大人から言われたから、というふうにはなって欲しくないですね。そのためには、サッカーのルールを理解し、咀嚼する一方、情熱をもって臨むことです。

一般的な仕事でも、中身を理解すれば自然と熱くなるものです。熱いからこそ社長とぶつかることもある。でも、結果として、それが会社のためになるのなら、ためらうことはありません。ぼくは海外とのやり取りが多いので、特にそれを感じます。海外との交渉は余計な気遣いや忖度がないのでシンプルです。小手先のスキルは使わない。だから、表現もダイレクト。それはサッカーの指導にもいえることだと考えています」

「運動×英語」のレッスンによる脳の活性化にも挑む

―サッカーの指導を通じて実現したいことは。

「FC.ゴールデンが神奈川県で一番のチームになることです。うちは大手チームの傘下でも下部組織でもないので、子どもたちは余計な力関係に縛られることなく、のびのびと楽しんでサッカーに打ち込んでいると思います。特に、ぼくの担当は未就学児と1、2年生ですから、必ずしもメニュー通りに進むとは限りません。時には鬼ごっこしたいと言い出す子もいる。でも、そこは臨機応変です。頭ごなしに大人の理屈を押し付けるよりも、まず、彼らがサッカーを楽しむことが先決だと思っています。

言葉の持つ力にも関心があります。英語を教えてきた経験とサッカーを指導することには共通点があると思うんです。それを実証する試みとして2021年12月からカリキュラムの一つとして英会話を取り入れました。脳の中でも言語をつかさどる部分と運動をつかさどる部分が近くにあるからです」

サッカー教育の一環として英会話を導入

―つまり、英語とサッカーの学習を組み合わせれば相乗効果があると。

「国際的に活躍している日本のアスリートの多くは外国語に堪能です。ですから、これまで大切にしてきた『前向きな声掛け』に加えて英語を使った声掛けにも力を入れたいと考えています。先ほど、コミュニケーションにおけるダイレクトな表現の大切さについてお話ししましたが、ダイレクトに伝えるためには自分の言いたいことが整理されていなければなりません。

サッカーも同じだと思うんです。日本特有の婉曲表現によるコミュニケーションでは、言い方を考えているうちに試合の局面が変わってしまいます。英語による声掛けを取り入れるのはその効果を試したいからです。

とはいえ、ぼくの担当する子どもたちは英語よりも前に、日本語をうまく使えるようになることが先決です。ですから、焦らず、のびのびとチャレンジしたいと思っています。サッカーだけに捉われるのではなく、英語を介したアプローチができるのも、ぼくのバックグラウンドを生かした指導法の一つだと思っています」

「いたずらな技術の習得よりもコミュニケーション能力の向上」に重きを置いた指導法に努めているマークさん。その背景には、見知らぬ環境で自らの存在感を示し、周りとなじむためにマークさんが試行錯誤してきたさまざまな体験が色濃く反映している。

マークさんが率先する「声の掛け方」「視野の持ち方」「運動×英語」もつまるところ、円滑なコミュニケーションを図るための有効な手立てと言えるだろう。それは、湘南の地に居を定め、腰を据えた指導で子どもたちの心をつかんでいるマークさんが「FC.ゴールデン」を神奈川県で一番のチームとして率いていくための秘策でもあるはずだ。

現在、チームの最高学年である4年生が進級するごとに「一番の座」に向かう道のりは着実に縮まるだろう。

(取材/文 伊藤公一)

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