アイス同様の滑りができる、インラインフィギュアスケートが広げる可能性
インラインスケート(以下インライン)を使えばフィギュアスケートができる。
一般社団法人日本インラインフィギュアスケート協会(同インラインフィギュア協会)が設立されたのは純粋な想いからだった。国内ではアイスリンクの数が減り、氷に乗れないスケーターが続出している状況を打破したかった。インラインには日本スケート界の未来がかかっていると言っても過言ではない。
フィギュアスケート(同フィギュア)はウインタースポーツの華だ。日本フィギュア界のレベルは長年に渡り世界トップクラスを誇っている。今回の北京五輪・男子個人でも鍵山優真、宇野昌磨、羽生結弦が2位から4位を独占して日本中を熱狂の渦に巻き込んだ。しかし国内に目を向けると環境の悪化は止まらない。維持コストが莫大にかかるアイスリンクが激減傾向でスケートをする場所がなくなりつつある。
フィギュアができる方法を模索した末、海外で普及しているインラインにたどり着いた。21年2月にインラインフィギュア協会が設立され東京、横浜、千葉、大阪、福岡にクラブを開き指導者講習などを行なってきた。そして22年2月6日には埼玉県戸田市のCCM Experience Center TOKYOで希望者向け体験レッスンを開催した。
~インラインとアイスで身体の使い方は変わらない
「インラインは足に自転車を履いているような感覚で履いた瞬間に進んでいきます。またアイスでは氷を削って止まったりしますがインラインではできません。その辺の感覚が違うので最初は怖かったですが身体全体の使い方は同じです。慣れれば乗れるはずなのでアイスからインライン、逆のインラインからアイス、どちらも感覚はつかみやすいと思います」
「注意点は転んだ時の痛さが全く違うことです。アイスでは転んでも滑るのでそこまで痛くない。転び慣れているのもあるとは思います。でもインラインでは衝撃がダイレクトで身体にきますので最初は驚くはずです。アイスである程度やってきた子はインラインで転ぶ怖さを持たないといけません。ケガにつながる危険性もあります」
協会公認インストラクターとしてレッスンを行うのは澤山璃奈氏。プロフィギュアスケーターとして現在も多くのショーに出演している。全日本フィギュアスケートジュニア選手権アイスダンスで3連覇を達成(04-06)、タレントとしても活躍が目覚ましい。競技、ショー、芸能などを幅広く知る人物である。
「スケートに一生関わりたいと思っています。アイスのインストラクターになるにはルール上専属にならないといけない。将来を考えた時にそれで良いのかを悩んだ時、動画で海外のインラインを見て日本に広めたいと思いました。国内では現実的にスケートリンクがなくなっています。やりたい人やインストラクターは多いのに場所がない。日本はフィギュアが盛んで五輪などでも盛り上がりが凄いので可能性があると思いました」
スケートとともに生きていきたいと考えている人は少なくないはず。しかしそれを実現するだけの環境が整っていないのが日本の現実だ。経済低迷やコロナ禍なども重なりスケートリンクが減少、やる場所がなくなっている。先細りになりつつあるスケート界にとってインラインは打開策になりそうだ。
~平面なら滑走可能なインラインは活動の幅を広げる
インラインは平面さえあれば滑ることができる。また感覚をつかめばフィギュアでの技術面はアイスと変わらない。強みを最大限に活かすためにインラインフィギュア協会が発足、動き出した。協会代表理事・河合宏亨氏が可能性を語ってくれた。
「小学校でインラインを教えると楽しんでくれますが高学年になると他の競技に移ってしまう。従来はインラインの対外競技会などがなくて内部だけで完結するものでしたから他の部活が優先になってしまいます。だからこそ競技者、プロスケーター、指導者など先々につながるものが必要です。協会を作って広く普及させようと思いました」
「アイスリンクが減ってトップ選手の競技大会やアイスショーを行う場所も限られてきています。子供の頃に習い事としてスケートをするのも同様です。例えば知人の子が都内でスケートを習おうとしたら1年待ちということでした。これではスケート人口がどんどん減ってしまいます。インラインは体育館などでも滑走可能なので活動の幅が広がるはずです」
「競技人口が増えれば国全体のスケートレベルも上がるはずです。インストラクター養成もできるのでセカンドキャリアでの雇用にもつながります。そしてインライン、アイスを問わずスケート自体が身近なものになって誰もが楽しめるようになるはずです。一石三鳥、いやもっと多くの意味があることだと信じています。スケート人口が増え需要があればリンクなどの活動場所も増えるはずです」
~底辺拡大、個人技術の底上げ、指導者の養成
「(協会を設立して)1年ですが着実に前進しています」と河合氏は語る。インラインフィギュア協会として大事にすべき3つの柱がある。ジュニア層など底辺の拡大。競技やショーなどカテゴリーが上がっても通用する技術の底上げ。そして競技選手のセカンドキャリアにも通ずるインストラクター(=指導者)の養成だ。
「ジュニア層など裾野を広げることが大事です。5月に関東、来年3月に関西でフェスティバルを行います。靴があれば誰でも参加できるような形式で考えています。その中で希望者には音楽を流してのショー形式にも参加できるようにする。演技することの楽しさ、喜びを感じてもらいたい。審査員賞なども用意できればと思います」
「個人レベルを上げるためには16個の等級制を導入、各自が技術の進捗状況を把握できるようにします。またインラインフィギュアにおけるトップレベルの競技者やショーに出演するプロを目指す層を広げることも大事です。技術、芸術性などが必要ですので等級制とともに公式戦を開催します。採点基準を作り上げてレベルを相対的に高めたいです」
「インストラクター養成とクラブの充実も重要です。『Jリーグ100年構想』ではないですが全都道府県にクラブがありインストラクターが常駐する。地域によって技術差などが生まれにくくなり全体のレベルが上がります。また体育館などでやれるメリットを活かし中学、高校の部活に採用してもらうことも提案していこうと思っています」
~インラインが身近で当たり前のもので文化、伝統になって欲しい
戸田市での体験レッスン会には20人が参加。インラインスケート靴を持っていなくても参加できる初心者向けコースとインラインフィギュア経験者向けコースでインストラクター2名から指導を受けた。開始時には感覚の違いに戸惑ったり転倒する子もいたが、時間と共に適応して安定した滑りを見せていた。
「子供たちが変化していくところを見ると嬉しいですね。インラインをやることで選択肢や可能性が増えます。フィギュアは芸術性が高いので数多く滑ることが競技とショーのどちらを選んだ際にも好影響があります。競技だけでなくショーという選択肢もありどちらも楽しいということを伝えたいです。やっていく中で自分の進みたいスケートを選べば良いと思います。」(澤山氏)
「インラインでも競技やショーができてアイスとの両立も可能にしたい。現実にインライン、アイス、四輪のローラーフィギュアという三刀流選手もいます。インラインが発展することで個々がやりたいこと、適性などを見極め選べるような環境が理想です。定期的、できれば週1回はインラインに乗れる方法を探っています。定期的に行うことで上達し楽しさを感じて欲しいと思います」(河合氏)
これまでフィギュアはアイス一択しかなかった。現実的状況から諦めざるをえなかった人も少なくなかったはず。インラインが普及することでフィギュアそしてスケート自体から離れる人は間違いなく減るはずだ。
「米国はインラインが盛んで通学に使っている人もいるくらいです。それくらいインラインが身近で当たり前なもので文化、伝統になって欲しい。フィギュアスケートと言った時に『アイス?インライン?』と言われるくらいになれば良いですね」(澤山氏)
新しいものが受け入れられ根付き、文化や伝統になるには時間がかかる。しかしここまでの着実な歩みからも多くの人が必要性を感じていることもわかる。インラインの普及は思いのほか早く進む可能性を感じる。インラインフィギュア協会の取り組みに大きなエールを送りつつ今後の進展具合に注目したい。
(取材/文/写真・山岡則夫、取材協力/写真・一般社団法人日本インラインフィギュアスケート協会)