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異色の経歴を持つ衛藤昂×飯田将之対談 陸上競技の可能性と見据えるセカンドキャリア(中編)

2016年のリオデジャネイロと今夏の東京と2度の五輪に出場した走高跳の衛藤昂選手は、セカンドキャリアを考えながら活動している。そしてかつて110mハードルの国内トップレベル選手でありながら、陸上引退後に7人制ラグビーに転向した飯田将之選手。現在はラグビー選手の傍ら、スプリントコーチとして指導にも当たっている。
異色の経歴を歩んできた2選手のこれまでの活動を振り返りながら、陸上競技の可能性を語ってもらった。

「ラグビーは培ってきたものを生かせると思いました」

衛藤 ラグビーに転向したときの不安や自信はどうでしたか?

飯田 ラグビーを始めるきっかけは、今所属している7人制ラグビー専門のチームです。
私が陸上で戦力外通告を受けた26歳のときに設立され、トライアウトも実施されていました。僕もその噂を聞いて「楽しそうだな」と軽い気持ちでトライアウトを受けました。
究極の鬼ごっこだなと感じ、「この世界であれば自分が培ってきた速さが生きてくるな」とラグビーを始めようと思いました。
あとは7人制ラグビーが五輪競技になったことが大きいです。小さい頃から日の丸を付けて、日本代表として五輪に出たいという思いがずっとありました。それは陸上でもラグビーでも変わらないところだったので、大きな要因です。
あとはラグビーを一回もやったことがなかったので、そうしたスポーツを0から始めて日本代表にどこまで近付けるかなと。純粋に自分の身体能力を試したかったんです。結果的には7人制ラグビーの日本代表候補合宿に参加しただけで、日の丸を付けてプレーはできていないです。

衛藤 ラグビーに転向するときにセカンドキャリアを考えたのですか?

飯田 全く考えていなかったです。ラグビーのトライアウトを受けて合格通知が出た翌週には住む場所も仕事も決まらない中、スーツケース一つで名古屋から出ました。東京に知り合いがいたので、住む場所はどうにかなるかなと思っていました。
やはりやるからには本気で「リオデジャネイロ五輪に出るんだ」という気持ちで取り組んでいました。ちなみに当時は監督の紹介で飲食の仕事に就いていて、ラグビーを優先させてもらっていました。

陸上からラグビー転向後、飯田選手は五輪代表を目指していた

スプリントコーチが自らを見つめ直すきっかけに

衛藤 スプリントコーチのきっかけは何だったのですか?

飯田 去年の夏にトップリーグのラグビー選手に走りを教える機会があり、僕たち陸上選手にとっては基本的なことを伝えたのですが、どんどん選手の動きが良くなったんです。
そのときに思ったのが「今までやってきたこと、走りのことは人のためになるんだな」と。プロの選手にも伝えられるんだと確信し、それをきっかけに他のスポーツ選手――ラグビーのトップリーグの選手、海外リーグに所属するサッカー選手、あとはプロ野球入りを目指している選手も指導しています。今までも走りの指導はしてきたのですが、プロのスポーツ選手に教えて結果が出たこともあって、自分に対してのかなり自信が付きました。
足が速くなるのはどのスポーツでも基本ですよね。野球でもラグビーでも足が速い方がアドバンテージがあるので、いろんな人に速く走ることを伝えたいと思い、スプリントコーチを今もやっています。
衛藤 スプリンターは綺麗に足を回しますよね。ポイントはそういう部分ですか?

飯田 走るという行為は地面に力を伝えるじゃないですか。僕がポイントにすることは、それに対していかにして方向性を合わせて力強く踏めるか。
それには支持脚のバランス力も大切で、力の方向性を揃える、足と腕を振る動作を揃えるということを起点に指導をしています。
陸上選手は走りの基本的なことができますが、他のスポーツ選手はその基本的なことができない。最初に伝えることは基本的なことです。
僕がいろんな競技をしてきたので、その競技の視点でシーンをイメージしやすくなるような言葉選びをしています。

衛藤 中学生に教えるくらいまで戻すのですね。

飯田 陸上以外のトップのプロアスリートと中学生と教える最初のことは変わらないですね。走りのイメージを説明をした後にスプリントのトレーニングを始めます。
同じイメージを持っていなければ、説明をしても全く違う方向にいってしまいます。

衛藤 指導を始めた当時の感触はいかがでしたか?

飯田 最初は試行錯誤です。やっていくうちに本当に必要なことはブラッシュアップされて、今は核になるところを3つくらいポイントに置いてやっています。
最初は「自分がやってきたことをそのまま伝えて大丈夫? いや、大丈夫じゃないな」と自問自答。僕がやってきたことだけを伝えるのはダメで、もう一度勉強をし直したり、実際にプロのスプリントコーチに習いに行ったりしました。
プロのスプリントコーチが指導しているところを見て、自分との違いを感じるようにしていました。自分自身が常に向上心を持っていないと人に伝えることはできないですね。

衛藤 ハードルである程度成功をしていても必ずしもマッチングしないのですね。

飯田 今教えている選手にハードル選手はいなくて、みんな短距離の選手です。自分自身は短距離を速く走れるのですが、専門ではなかったので一から勉強をし直しました。
勉強したことと自分の知識を合わせて、いかに分かりやすく効果的な練習をしていくかにポイントを置いています。僕がいればできることもその選手自身がトレーニングをしなければいけないので、選手が自主的に取り組めること、分かりやすいトレーニングでなければ継続的に取り組めないと思います。そこは継続的にできることを考えて伝えています。

衛藤 次の練習で動きがずれてしまうと、その間にやってきたことがもったいないですもんね。

飯田 常に時間は過ぎていくので、時間は無駄にしてほしくないですね。

衛藤 どのくらいのペースで練習は行っているのですか?

飯田 人によりますね。ラグビーのトップ選手は年に1、2回です。
その方は自分で自主的に取り組んでいます。ずっとトップスピードで記録が出なかったのが「自己記録が出ました」と連絡が来て。「少し走りのポイントを掴めば他のスポーツ選手でも足が速くなるんだな」と実感しました。

――陸上では当たり前のことが、他種目だと当たり前ではないということに価値があると思います。冒頭に陸上の特徴を挙げられていましたが、もしかすると指導の部分が陸上の新たな道の1つになり得るのかなと感じました。

飯田 今まで根付いてきたことを変えることは大変で時間がかかることだと思います。その中でも今ではプロのスプリントコーチもいますし、すでに五輪に内定しているマラソン選手を教える同級生の方もいます。
東京五輪を機にコーチの存在も変わってほしいと思います。走りの価値を高めたいですね。

――セカンドキャリア、デュアルキャリアをスキルコーチとしていろんな活躍を楽しみにしています。衛藤さんは跳躍という部分で他のスポーツに転用できる部分があり、そこに価値があるかもしれないですよね。

衛藤 今まで競技をやっていた強みだと思っています。私はそうした仕組みを作る人間になっていけたらと感じています。
そこが自分の役割になっていくと、おぼろげにセカンドキャリアを考えているところです。
後編へ続く

ラグビー選手の傍ら、”走り”の重要性を広めている

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