開発者に聞く!巨人軍ユニホームの秘密とは?
2019年、読売巨人軍は5年ぶり37度目のセ・リーグ優勝を果たした。
4年ぶりに原辰徳が監督に復帰。MVPに輝いた主将の坂本勇人を中心に、広島東洋カープからFAで加入した丸佳浩・若き4番の岡本和真らの活躍で、リーグ最多の得点・本塁打数を誇る強力打線を形成。
投手陣はエース・菅野智之が故障に苦しみながらも11勝を挙げ、中川皓太・桜井俊貴の両投手が台頭し1年間フル回転した。2020年、連覇に向けたシーズンが始まった。(以上、敬称略)
覇権奪回の裏には選手のプレーを最大限に引き出した“戦闘服”の存在があった。今回は巨人軍を支えるこの戦闘服にフォーカスし、パフォーマンスの源に迫る。
インタビューには、アンダーアーマーの正規日本ライセンシーである株式会社ドーム 生産管理部の矢澤隼人チームリーダー、山中優衣さんに協力いただいた。
取材協力:読売巨人軍、株式会社ドーム トップ写真:株式会社ドーム提供
2015年「世界基準」のパートナーシップ契約締結
遡ること14年12月22日、読売巨人軍と株式会社ドームがパートナーシップ契約を締結することが発表された。
「巨人軍が世界一のチームになる」というビジョンの下、ブランド力やマーケティング力を組み合わせ、巨人軍が世界一のプロスポーツチームになることを目指して手を組んだ。
これに伴い、15年シーズンよりアンダーアーマー提供のユニホームになり、新たなデザインに変更された。
「巨人軍は常に紳士たれ」という故・正力松太郎氏の遺訓。
「ユニホームは戦闘服でもあるが、タキシードでもある」という原辰徳監督の想い。
この2つを基にして製作されている。
戦後初めて胸に「TOKYO」の文字をあしらった1953年のデザインがモチーフとなっている。東京を象徴する存在になるという意味を込め、当時13年ぶりに「TOKYO」がビジターユニホームに復活した。
17年には「原点回帰」をテーマに、素材やカラーを大幅にリニューアル。特にビジター用は、1953年そして巨人軍の前身である大日本東京野球倶楽部で使用されていたグレーを採用した。
2017年に向けて、プロジェクトが発足
15年6月、新ユニホームに向けたプロジェクトチームが立ち上がった。
“UNDER ARMOUR MAKES YOU BETTER”
アンダーアーマーが掲げるミッションに基き開発するため、日米の開発チームが結集。
米国からは生地チーム、デザイナー、チームスポーツの企画担当者が参画した。隔週でミーティングしながら連携を深め、17年シーズンに向けて約1年半に渡り開発が行われた。
「日本と米国は気候や環境が違い、日本はドーム球場が多いが、米国は少ない。こういうこともあり、米国の担当者からは『日本はどういう環境なのか』というような質問が多かったです。テクノロジーやイノベーションは相手がよく知っているので、(日本の事情と)重ね合わせながら開発していきました」(矢澤さん)
“パフォーマンスブランドであるアンダーアーマーの使命として選手のパフォーマンスにとって何がベストなのか”を追求し、その結果として17年シーズンから使用する新ユニホームが完成した。
4つのポイントを設定し、独自の技術を凝縮
ユニホームを開発する上で最も重要な点は何だったのか。山中さんは、選手からの要望があったポイントを挙げて説明した。
「開発するに当たり、最も重視したことは“いかに選手のパフォーマンスを上げられるか”でした。選手から要望のあった『軽量性』『伸縮性』『吸汗性』『着心地』をポイントに、開発を進めていきました」
まずは開発の中心である生地と裁断だ。ここには、打つ・投げるといった縦横の動きが大きい野球というスポーツの特性に合わせた様々な仕掛けが施されている。
トップス前面の生地は、「COOLSWITCH」というUA独自の技術を採用している。裏側に特殊プリントが施されており、発汗時に反応して身体本来の冷却メカニズムを加速させるという。熱を帯びると、生地のクリスタルパターンが作動し酷暑でも身体を涼しく保つ効果がある。夏場の時期が中心かつ屋外でのプレーも多い野球にとっては重要な部分である。
特徴的なのは背面。野球の投げる・打つという動作で前面よりも伸縮が激しいこの部分には、特殊なメッシュ生地と裁断方法で工夫を凝らしている。
“ARMOURVENT(アーマーベント)“という生地で、「T400」というライクラのポリエステル糸を採用している。「通気性」「軽量性」「伸長性」「耐久性」「速乾性」という5つの機能を同時に実現し、ポリウレタンに匹敵するほどの伸長回復性を持っている。ポリエステル100%でありながらタテヨコに非常に伸びる素材になっており、ポリウレタンより糸の比重が軽いため軽量性も両立している。
裁断でも一工夫入れている。冷却性や軽量性に影響を与えるメッシュ加工。ここには編むと同時に通気口を形成する「エンジニアードメッシュ」という構造を採用した。
「メッシュは生地に送ってから穴を開けていく形が多いですが、そうすると穴を開けた部分の加工によって生地が重くなったり、着心地が少し硬くなってしまったりするので、ここでは編む中で穴を開ける(編むと同時に通気口を形成するいわゆる編地変化)というスタイルをとっています」
色は巨人軍の“アイデンティティ”に
ユニホームには機能性以外にも重要な部分が存在する。マーケティング、ブランディング、という側面だ。チームを象徴するものでもある。
そのため、色彩やマーク方法といったデザイン部分にもこだわりを見せている。
まずは色彩だ。リニューアル時、米国のMLBやNFLなど海外スポーツを参考にしながら球団と協議を重ね、“巨人軍のオレンジ“を改めて定義した。15年は前年に続き蛍光色だったが、16年から徐々に落とし、現在は濃度の高いダークオレンジになっている。
「巨人軍のアイデンティティが決まっているので、パントーンなど指定のカラーに合わせるようにしています。生地が違ったりすると色合いが変わったりすることもあるので合わせていくのに苦労しました」
また、前面のマークは刺繍にしている。近年は軽量性の観点から昇華型のユニホームがトレンドになっているが、巨人軍の「伝統」に重きを置き、刺繍にこだわった。工場や刺繍業者と連携しながら、色出し・色合わせを繰り返すことで“巨人軍のアイデンティティ”を忠実に表現している。
シーズン中もヒアリングし、改良を重ねる
プロジェクトが終わり、選手の元へ届いた後もヒアリングは欠かさない。特にビジター球場では屋外での試合もあるため、夏場に汗で重たくなってしまうという意見が投手陣を中心に出ていた。
「夏場に重さが出てしまうということで、18年の 夏に選手から軽量化の要望が上がりました。1年かけて改良し、昨年の夏からサマーユニホームという形で見た目としては変わっていないですが、軽い素材のものを提供しました。60グラム、全体の2割ほど軽量化しています」(山中さん)
このような努力が実り、選手からさらに高い評価を得ることができた。
「何が選手にとってベストか」終わりなき追及
17年シーズンに合わせてプロジェクトを完成させたが、そこがゴールではない。
選手にとって何がベストかを追求し続けることに終わりはない。
「開発としては、やはりまだまだ改良する余地はありますし、そういう部分も正解がないので、突き詰めていきたいと思っています」(山中さん)
「シーズンを通してなので、その時々に合った対応をする必要があります。時間の規制もありますが、『何が選手にとって一番良いか』というのを考えながら、これからもやっていきたいと思います」(矢澤さん)
巨人軍の連覇に欠かせない“戦力“として、アンダーアーマーの終わりなきチャレンジは続いていく。
(取材/文:白石怜平)