千葉大アイスホッケー部、「お金」という現実と向き合いながら完全燃焼を目指す

千葉大アイスホッケー部(以下IH)は、関東大学リーグ・ディビジョンⅣ(以下関東4部)に所属する。

「3部昇格」が現在の目標。活動には制約も多く苦労は絶えないが、氷上でパックを追い続ける日々を過ごす。そこにある熱量は、上のカテゴリーへ選手を輩出するようなIH名門大学と何ら変わらない。

~90分3万円のリンク使用料金、アイスホッケーにはお金がかかる

スポーツビジネスが巨大産業となった昨今の潮流は、大学スポーツ界にも影響を及ぼしている。体育会運動部への投資を惜しまない大学では強化が進み、他大学との実力差は広がり続けている。一般的に、「国公立大学が全国レベルで結果を残すことのハードルは限りなく高い」と言える。

国立大学の千葉大にも多くの体育会運動部が存在する。現在は関東学生リーグ1部参入を目指すラクロス部などの活躍が目立つ。陸上競技では日本インカレ3000m障害2位、5000m6位の実績を持つ今江勇人(現GMOインターネットグループ)が有名。しかしその他に関しては限られた規模の中、各競技下部リーグで活動を行なっている場合が多い。

千葉大IH部は、週1度の氷上練習を基本ベースに活動している。これまで2019年に5部、翌20年に4部優勝の実績はあるものの、学内では部の存在すら知らない人も多いという。

「土曜日の深夜、大学近くにあるスケートリンクを使用して90分の氷上練習をします。リンク使用料金だけで約3万円かかるので、現状ではこれが精一杯。それ以外の日は個々が陸上でスキルアップ練習をする。インラインスケートを使用したり、スケートリンクの一般滑走時間に氷上でスケーティング技術を磨く学生もいます」(マネージャー2年・宮田芽依)

「私自身、SNSを通じてIH部の存在を初めて知りました。練習見学の際、競技の迫力と選手の必死さが胸に刺さり、マネージャーをすることにしました。千葉大にIH部が存在することを知らない人が多い。SNS等を活用するなど、知名度を高めることも課題です」(マネージャー3年・堀之内みのり)

制約が多い中、身の丈にあった方法で前進を続ける。

4部所属の国立大学とはいえ体育会運動部である。高校時代までIH、もしくは他競技に没頭したアスリートたちが千葉大に進学してプレーしていることを想像していた。しかし部員ほぼ全員が大学入学と同時にIHを始めた、というから驚く。

「4年生のプレーを見て、『これだけできるようになるんだ』と感心しました。うまく行かない可能性もあるのに、高いお金を払って用具を買って挑戦するのもすごい。マネージャーとして、自分の時間を賭ける価値があると思いました」(マネージャー4年・菅原優希)

2022年10月現在、千葉大IH部は4年生6名、3年生2名、2年生5名、1年生6名。1年生部員の1人に経験があるのみで、その他は大学入学と同時にIHを始めたという。中には「スケート靴を履くのも初めてだった」という学生もいる。

体育会運動部には、旧態依然の慣習がいまだ残っている場合もある。大学生活の全てを部活へ注ぎ込み、結果を残すことに執着する。卒業後の就職も部活での実績を活かし、可能ならば次のステージでもプレーを続ける。しかし千葉大IH部には、そういった雰囲気は存在しない。

大学入学と同時に競技を始めた選手が多い分、成長速度は驚くほど早い。

~今後の人生を考え、アイスホッケーと音楽の両方を選択

3年生・榊勢那は、他部員同様にIHを大学から始めた。並行して吹奏楽サークルではトロンボーン奏者としても活躍している。大学4年間を完全燃焼、卒業後の社会人生活へ気持ちを切り替えて進みたい。スポーツのみに固執せず、将来の人生を考えた上でIHと楽器の『二刀流』を選択した。

「大学で何か新しいことをやりたいと思っていました。長野県出身ですが、IHについての知識は皆無。千葉大IH部は初めてやる人ばかりで、スタートラインが同じなのも良かった。体育会だけど全体練習は週イチ、吹奏楽は週末昼間と2つの活動が被らない。IHを生涯続けるのは難しいですが、音楽は何歳になってもできます」

「中学まで野球部、高校から吹奏楽部に入った。スケートは遊び程度で、靴はスピード用しか履いたことがなかった。アイスホッケー用を履いたのは初めてだったので、慣れることから始め、スティックを使った練習に進みました。個人技術を高めるため、時間をかけてコツコツやるしかないのは、今も同じです」

~コロナ禍だからこそ時間の有効活用でアイスホッケーができる

榊の世代は大学入学と時を同じくしてコロナ禍に見舞われた。授業はオンラインで行われ、学校へ行くこともできない。目的を見失いかけない状況下にありながらも発想の転換で時間を有効活用した。練習で使用するスケートリンクでバイトをすることで活動費を捻出、技術アップも図っている。

「IHにはお金がかかります。スケート靴がグレードによっては10万円弱、スティックも3万円近く。他にも防具、ウエアなど、初期費用だけで15万円以上かかるのでアルバイトは必須。僕の学部はいまだにオンライン授業が主なので、時間をうまく使ってIH、吹奏楽、アルバイトを並行しています」

「IHは過酷な競技なので親は良い顔をしません。だからお金に困った時に頼ることは絶対にできません。最初は塾講師をやっていましたが、IH部の先輩の紹介でスケートリンクで働き始めた。バイト前後の時間で滑ることもできるので、稼ぎながら練習できる。生活のサイクルは乱れがちですが、良い循環を保てていると思います」

3年生・榊勢那はアイスホッケーとトロンボーンの二刀流選手。

~部員数、部費収入、個人の負担金額など課題は多い

部の置かれた環境によって活動方針や内容が、各々異なるのは当然。しかし、「最高のパフォーマンスを求め、勝利のために活動する」部分は不変。千葉大IH部も同様なのだが、常に現実的な問題を抱えているのも事実だ。

「部員数の少なさ。プレー面では選手層が薄くなる。事務面では部費収入が減り、活動に制限が加わる。1人月1万5千円の部費は学生にとって安くないが、それでもスケートリンクでの練習は週1回がギリギリ。以前30名の部員がいた時代は部費収入も多く、週3回ができていた。練習回数は結果に直結、大会で上位進出したこともありました」(マネージャー4年・菅原優希)

「新入生勧誘時に興味を持ってくれても、部費の話をすると辞退する学生もいる。部員が増えない原因にもなっています。部員数が増えれば個々の負担金額を下げることができるかもしれない。部費収入が増えれば、備品補充なども気兼ねなくできる。今は練習用ビブスがボロボロの状態でも購入をためらうほど」(マネージャー2年・宮田芽依)

「一人暮らしをしている学生にとって、部費は大きな問題。金額を多少でも下げることができれば、入部希望者も増えるはず。部員が増えれば、さらに下げられるかもしれない。IH部の知名度を高めることで興味を抱いてもらい、1人でも多くの部員を増やすことも大事です」(マネージャー3年・堀之内みのり)

「練習への行き来等でも、各自で交通費節約をします。僕は自転車を使える距離なので、荷物を背負いスティックを持ち20分くらいかけて向かいます。遠方から来ている人の中には、練習後は始発まで近郊友人宅で時間を潰して帰宅する人もいます。各々が可能な方法を見つけて活動しています」(3年生・榊勢那)

部員数と個人の負担金額の問題。部費収入の増減によって多くの制限が生まれる。「お金」が原因で思うような活動ができていないのは間違いない。

週1回、深夜に行われるチーム練習は、効率重視ながら明るい雰囲気が漂う。

~情熱を失わずに4年間を完全燃焼したい

「先日はIH部OBやOGに現状を話して寄付金を募りました。状況をわかっている方々なので、快く助けていただきました。このような状況でも、何とかして耐えながら続けています。根底にはIHをやりたいという気持ちがあるからです。4部所属で決して強豪チームではないですが、IHへの情熱は負けません。お金で改善できることがあるなら、誰にでも助けて欲しい気持ちはいつも持っています」(マネージャー4年・菅原優希)

「IHは大学でひと段落だと思います。その後、20代後半くらいで仕事が落ち着いて再開するかもしれないですが、今はわかりません。だからこそ4年間でやり尽くしたい。理想は最後の試合で勝って終わりたいです。『IH部にもう少しお金があって、それで4年間の完全燃焼ができるなら』と感じることも多々あります。でも現状でも何とかできているので、IHを全力でやるのは変わらないです」(3年生・榊勢那)

4年間のアイスホッケーを完全燃焼、勝利で引退することを目指す。

「アイスホッケーが大好き、続けたい」

誰もが共通に抱く気持ち、大義名分であり理想。しかし、それだけではどうにもできないことが存在するのも、また現実。

千葉大IH部員の多くは、卒業後にリンクから離れることになる。理想と現実の狭間で苦しみながらもIHに没頭できるのは、4年間と時間を区切れているからではないか。この先も同じ状況が半永久的に続くのなら、おそらく耐えられない。

「少年を大人にして、大人を紳士にするスポーツ」はサッカーのみではなく、アイスホッケーも同じ。

氷上を滑り、パックを叩き、相手選手とぶつかり合う…。1つ1つの経験が今しかできないこと。偉そうなことを言うと究極の教育。古くて青臭い言葉で言うと青春。一生大事にして欲しい大切な時間。熱量高く活動する千葉大IH部員たちには、ぜひ完全燃焼して欲しい。

(取材/文・山岡則夫、取材協力/写真・千葉大学アイスホッケー部)

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