誰でも参加できる野球 “ユニバーサル野球“とは?

「野球がやりたいと思います!」

重度の障がいを持つ1人の少年との出会いがきっかけとなり、新しい野球が誕生した。

その名も”ユニバーサル野球”。堀江車輌電装株式会社の中村哲郎氏が発起人となり、 “誰もが参加できる、みんなが一緒に遊べる野球を作ってみよう”という想いからつくられた。(以降、敬称略)

 特別支援学校に通う少年との出会い

北海道出身の中村は、夏の甲子園に通算38回出場を誇る名門・北海高校の元高校球児。
札幌で建築関係の仕事していた2011年3月、東日本大震災のボランティアで初めて障がい者を意識した。

その後、仕事をする傍らボランティアで障がい者スポーツに携わり、16年に障がい者の就職支援を積極的に行っている堀江車輌電装に転職し、単身上京した。

翌17年4月、スポーツレクリエーション教室のボランティアに参加し、脳性麻痺の少年と出会った。少年の名は小薗陽広(はるひ)くん。段ボールでつくったバットとボールを持参し、野球ゲームを行い交流した。
しかし、陽広くんを始め重度の障がいを持つ子どもたちは満足にバットを振れなかった。

陽広くんの母 妃路子さんから「野球が好きなので何かできる方法はないですか」という相談を受け、傘で作ったバットを改良することになった。

発起人の中村哲郎氏

体を1cm動かせば振れるバットに改良

17年4月から18年9月にかけて3度、バッティングマシンを改良した。
可動範囲が少ない子どもでも1㎝体を動かせればスイングできる装置を作り、打球の方向が一定にならないところが特徴だ。

また、元高校球児の血が騒ぎ、細部にもこだわった。当初は木製バットだったが、スポーツメーカーのミズノ株式会社によるご厚意で金属のバットを製作してもらった。

「今後は高校野球のような金属音を出してみたいです」

ミズノ社製の金属バット

特別支援学校の子どもたちから届いたビデオレター

中村の想いは次第に伝わっていった。18年9月、バット製作の際に協力してもらった特別支援学校の子どもたちから次々とビデオレターが届いた。

「野球がやりたい!」「野球大好き!」

きっかけとなった陽広くんも声を振り絞ってメッセージを送る。1人1人のメッセージを見た中村は奮い立った。子どものころに遊んだという野球盤をヒントに早速“20分の1の野球場”製作を開始した。

こちらもバット同様に製作開始から3度改修を重ね、サイズ5.2M×5.2Mのスタジアムとして、19年2月に試作品が完成した。3月に小平特別支援学校で初試合を行い、​6月には会社が事業化させることを決定した。

それ以降、5月に野球関係者を招いて開催した試験試合を機に、地元北海道やプロ野球選手会協力のもと、愛媛で行われるなど活動は全国に拡大しつつある。

特別支援学校の子どもたちから届いたビデオレター。野球がやりたいという想いが集まった

20年1月、今年初の開催

20年1月、再び小平特別支援学校で今年初のユニバーサル野球が行われた。
電光掲示版を用いたスコアボードやプロ野球の試合でアナウンスをしているウグイス嬢の選手紹介など、実際の野球場さながらの演出で会場を盛り上げる。

ルールは野球と同じく3アウト制。野球盤同様、打球が「1B」「HOMERUN」などと記された枠にボールを入れて競う。枠に入らずボールが止まったらアウトになる。
今回は「RedStars」「BlueStars」の2チームに分かれて各6人ずつで試合が行われた。

会場には特別支援学校の生徒や保護者、そして身体障がい者野球チーム「千葉ドリームスター」の選手たちなど、約50人以上が応援に駆け付けた。チームのメンバーがヒットやホームランを打つと全員がハイタッチで選手を迎え、熱気に満ち溢れていた。

紐がうまく引けない選手には「頑張れ!」「もう少し!」と会場全体から声援が送られる。野球の楽しさを感じてもらうため、全員が打てるよう何回でも周囲がサポートした。

当日は陽広くんも参加した。母 妃路子さんも見守る

参加者が社会で活躍できる世の中に

前回までは選手の補助をしていたという中村は、今回違う視点から見て以下のように振り返った。

「今日は違う角度から初めて見たのですが、子どもたちや保護者の方が一緒に喜んでくれたので良かったです。すべての子どもたちがスポーツをできるフィールドをこれからも考えていきたいです」

進行をサポートした千葉ドリームスター 笹川秀一代表は、対戦型でプレーできるとより面白いと話した。

「障がいの度合いに応じて、本物の野球盤のように投球も1つの作動で出来て、実際に転がってくるボールを打てる対戦型のステージもできると面白いですね」

今後、中村はユニバーサル野球を通じて障がい者雇用をより促進させたいと考えている。今プレーしている子どもたちが、障がいの有無関係なく助け合う社会であってほしいと話した。

「障がいを持った子どもたちと触れ合うことによって障がい者雇用に対しての認識を高めたり、子どもたちが大人になった時、活躍できる世の中にしたいです」

ユニバーサル野球を通じて誰でもできるスポーツ環境をつくり、人から応援される喜びを感じてほしい。

中村はその熱い想いを持ち続けている。

▼誰でも野球ができる!ユニバーサル野球
https://h-tryangle.jp/universalyakyu/

▼身体障がい者野球チーム 「千葉ドリームスター」
http://dreamstar.html.xdomain.jp/

▼多様なコラムを掲載「Spportunity」
https://www.spportunity.com/column/column_list/

白石 怜平
1988年東京都出身。 趣味でNPBやMLB、アマチュアなど野球全般を20年以上観戦。 現在は会社員の傍ら、障がい者野球チームを中心に取材する野球ライターとしても活動。 観戦は年間50試合ほどで毎年2月には巨人をはじめ宮崎キャンプに訪れる。 また、草野球も3チーム掛け持ちし、プレーでも上達に向けてトレーニング中。

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