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高校球児の新たな選択肢にー神奈川大準硬式野球部が体現する「心から楽しむ野球」

 準硬式野球。日本では「国民的スポーツ」とも呼ばれる「野球」の一種だが、硬式野球と比べるとスポットライトが当たる機会は少ない。野球に詳しい人の中でも、準硬式野球を語れる人はごく一部に限られるだろう。

 一方、大学のカテゴリーでは盛んな競技で、各地で硬式野球同様リーグ戦が行われているほか、ハイレベルな全国大会も毎年開催されている。高校までは硬式野球をプレーしていた選手がほとんどで、中には甲子園出場選手も。埼玉西武ライオンズの大曲錬投手(福岡大)ら、大学の準硬式野球部を経てNPBの世界に飛び込む選手もいる。

 硬式野球との違い、そして準硬式野球の魅力は何か―。1952年の創部以降、今春を含め52回のリーグ優勝を誇る強豪・神奈川大準硬式野球部を取材。主力メンバーである清航太朗捕手、濱田琉大内野手、選手をサポートする菅原穂都マネージャーに話を聞いた。

打者有利?投手有利?準硬式野球で使われる特殊なボール

 「軟式野球と硬式野球の間のようなボール。中には(硬式ボールと同じような)コルクが入っていて、表面は軟式ボールと同じゴムで覆われている」。濱田選手が、準硬式野球で使うボールの特徴を教えてくれた。
 摩擦抵抗が大きく打球が失速しやすい上、縫い目が見えない(硬式ボールには赤い縫い目がある)ため変化球の判別もしにくい。一方、硬式では使用バットが大学から木製バットに統一されるが、準硬式は多くの選手が金属バットを使っている。一見打者有利かと思いきや、ボールの特徴からしてそうとも言い切れない。ルールは硬式野球とほぼ変わらないが、ボールが違うだけで似て非なる競技になる。

集合写真に収まる選手たち

 練習環境にも違いがある。神奈川大は硬式野球部も強豪だが、使用するグラウンドは別々だ。準硬式野球部が使えるのは横浜キャンパスと湘南ひらつかキャンパスのグラウンド。横浜キャンパスは他の部活と共有するため、練習試合はできず、軽いノックやネットに向かっての練習が主になる。湘南ひらつかキャンパスは練習試合も可能だが、グラウンドの状態は決して良くはないという。

 練習時間も、野球漬けの日々を送る硬式野球部とは異なる。神奈川大の場合、準硬式野球部の全体練習は土曜日の午前10時〜午後3時のみで、平日は基本的には昼休みの自主練しか時間を設けていない。参加が必須ではないため、授業やバイトを優先し、自宅で素振りなどの練習を数十分行うだけの日もある。

 競技や練習環境への順応が必要で、自主性が求められることを考えると、決して楽な世界には見えないが、3人は準硬式野球の魅力を生き生きと語ってくれた。

「主将」と「教員免許取得」と「バイト掛け持ち」

 主将を務める清選手は、小学2年の頃に野球を始めた。高校はスポーツの名門・藤枝明誠(静岡)に進学。しかし出場機会には恵まれず、力を出し切れないまま高校野球を終えた。

 引退後、大学で準硬式野球部に入った先輩に「準硬式も面白いぞ」と声をかけられた。その先輩も高校時代はほとんど試合に出られない選手だったが、大学では中心選手として活躍。その一方、友人との交流やバイトなど、野球以外の面も楽しんでいる姿を見て、「準硬式の方が幅が広がるかもしれない」と感じた。

大学入学後、打撃力が伸びたという清選手

 大学ではボールの違いに戸惑い、打撃、守備ともに思うようにいかない時期もあったが、徐々に順応し、チームの中心選手へと成長。今春は「小学生以来」という主将を任され、捕手としてベストナインを受賞したほか、関東JUNKOオールスター2022の神奈川県選抜メンバーにも選ばれた。

 練習の傍ら、将来野球の指導者になることも視野に入れ、教職課程を履修中。さらにバイトもコンビニの夜勤と野球教室の手伝いを掛け持ちしており、充実した日々を送っている。「硬式野球を続けていればよかったと思うことはあるか」と聞くと、「そういう感情は全くない」と即答。「準硬式だから両立できたし、野球を心から楽しめている。準硬式を選んでよかったと思う」と胸を張った。

硬式野球をやり切った次期主将 準硬式でも「完全燃焼」へ

 濱田選手も小学1年から野球をしているが、清選手とは異なり高校時代から華々しい活躍をしていた。星槎国際湘南(神奈川)で3年時は主将に就任。新型コロナの影響で代替試合となった夏の県大会では、横浜、東海大相模、桐光学園…など強豪校揃いの神奈川でノーシードからのベスト4入りを達成した。個人としても結果を残し、甲子園は目指せなかったものの「完全燃焼」でユニホームを脱いだ。

 結果こそ残したが、強豪校と戦う中で「上には上がいる」ことも痛感。引退後、進路を考えている際にSNSで準硬式野球の存在を知った。同校から準硬式野球に進んだ先輩は一人もいなかったが、「自分が先頭を切って準硬式の道をひらこう」と新たな世界に飛び込むことを決意した。

高校時代に続き、大学でも主将を務める予定の濱田選手

 持ち前の野球センスを生かし、準硬式でも攻守の軸を担っている。来春以降は清選手から主将を引き継ぐ予定だ。高校時代は「勝つこと」「甲子園に行くこと」を常に意識して野球に取り組んでいたが、現在は「自分が一番楽しむこと」を最大のテーマとして掲げる。高校は全寮制で野球一筋だったが、大学では学業やスポーツジムでのバイトにも力を入れている。新しい、野球の楽しみ方を見つけた。

「イキイキした選手たち」を支える女子マネージャー

 選手たちを支える菅原マネージャーは、中学までアーティスティックスイミングをしていたが、高校ではスポーツを離れ生徒会やボランティア団体で活躍。元々プロ野球や高校野球を観戦するのは好きだったが、野球やマネージャー業務に携わった経験はなかった。

部活動を楽しみながら業務に取り組む菅原マネージャー

 「部活動に入れば『大学4年間楽しめたな』という思い出ができるのでは」と考え大学に進学し、準硬式野球に出会った。「あくまで私個人の印象」と前置きした上で、高校までの野球に対し「監督第一で選手のイキイキさが感じられない印象」を持っていたという菅原マネージャーだが、準硬式野球部の体験に参加するとその印象がガラリと変わった。準硬式野球はスタメン、打順、選手交代、さらに練習メニューと基本的には選手が決める「選手主体」の競技。野球を楽しむ選手たちをサポートしたい、との思いが芽生えてきた。

 資格課程を含む授業やカフェなどでのバイトと両立しながら、できる限り練習にも参加。それ以外の時間も、大学に提出する資料の作成などの業務をこなし、縁の下の力持ちとなっている。

後輩たちのため、もっと知ってほしい準硬式野球のこと

 3人に、どんな思いで競技に携わっているか、問いかけた。清選手は「高校まで続けた野球を生かせる場なので、後輩の選択肢を増やす意味でももっと準硬式を知ってもらいたい」と語り、濱田選手も「野球を続けると考えた時に一番に思い浮かぶのは硬式野球。硬式ができないなら辞める、ではなく、準硬式もあるということを伝えて、後輩たちに少しでも長く野球に携わってほしい」と力強く口にした。「マネージャーとしてサポートし続け、結果的に普及につなげられたらいい」と話す菅原マネージャーも、思いは同じだ。

 大学でも硬式野球を続けること、大学から準硬式野球に転向すること、高校までで野球を辞め、違うことに取り組んだり、働いたりすること。その全てが正解であり、一人一人が導き出した答えだ。ただ、野球が国民的スポーツであるからこそ、野球の可能性が広がるに越したことはない。野球が好きな人は、時には準硬式の試合にも足を運び、彼らの全力プレーを堪能してみてはいかがだろうか。

(取材・文 川浪康太郎/写真提供 神奈川大準硬式野球部)

読売新聞記者を経て2022年春からフリーに転身。東北のアマチュア野球を中心に取材している。福岡出身仙台在住。

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