【第1回】日体大、37年ぶりの日本一! ~優勝への序章~

その日、神宮球場の三塁側内野スタンドには人だかりができていました。たくさんのカメラ、スマートフォンが向けられているその先には、100人を超える白い短パン姿の学生。

そう、そこでは明治神宮野球大会で優勝を果たした日本体育大学の学生により、「エッサッサ」が披露されていたのです。寒空に響き渡るエッサッサの掛け声と全身を使った力強い動きに、観客も見入ります。

13年ぶりの神宮大会出場に、37年ぶりの優勝。日体大の日本一を心待ちにしていたOB・OG、家族、友達、日体大野球部ファン…たくさんの人たちが、その瞬間を目に焼きつけようとスタンドに駆けつけていました。優勝とは、自分たちだけではなくそこに関わるたくさんの人を一瞬で幸せにできる魔法。グラウンドで戦う選手、その選手が最高のパフォーマンスができるように支えた部員、チームの外で見守った人々。そこにはどんなドラマがあったのでしょうか。

 

二人の絶対的エースと日替わりヒーロー

11月13日の大会4日目に登場した日体大(関東五連盟第一代表)の初戦は、名城大(北陸・東海三連盟代表)に勝利した九州共立大(九州三連盟代表)との組み合わせとなりました。名城大戦では、愛知大学リーグでノーヒットノーランを達成したプロ注目の栗林良吏投手(愛知黎明・3年)から4番・片山勢三主将(倉敷・4年)が2本塁打を放つなど、両チーム合わせて26安打の乱打戦を制した九州共立大。強打のチームです。

首都大学野球秋季リーグ、横浜市長杯争奪・関東地区大学野球選手権大会、と日体大の優勝を見届けた筆者は、神宮大会初戦に松本航投手(明石商・3年)と東妻勇輔投手(智辯和歌山・3年)の両エースのどちらをぶつけるのか、DHなしのこの大会でどんなスターティングメンバーを組んでくるのか、古城隆利監督の采配も楽しみにしていました。

松本航投手(明石商・3年)

 

東妻勇輔投手(智辯和歌山・3年)

後に「東都リーグの亜細亜大対東洋大戦や、神宮大会のここまでの試合を観て、フライを落とすなどのミスが失点や敗戦に繋がると感じ、やっぱり守備が大事だと思った」と話していた古城監督。日本一とも言える守備を保つため、リーグ戦、関東大会とDHのため守備についていなかった4番のエドポロジョセフ外野手(日体大柏・2年)をスタメンに入れないという選択をしました。そして代わりに4番を任されたのが、高垣鋭次内野手(智辯和歌山・1年)です。今秋は調子を落としてあまり出番がなかったとはいえ、元々打撃力が抜群の選手、調子が上がっての起用ということはわかりますが、守備面では少し粗い印象もあります。サードを守る高垣選手、これが吉と出るのか凶と出るのか。

初戦の先発を任されたのは、松本投手でした。1年生からリーグ戦で登板し3年生となった今年は大学日本代表にも選ばれた松本投手。コントロールが良く、伸びのある直球と多彩な変化球で打者を打ち取る総合力の高い投手です。

DHなしのため打席に立つ松本投手

2回表、先制したのは日体大でした。相手の送球エラーで2死1塁とし、さらに冨里優馬外野手(日体荏原・4年)の右前打をライトが後逸したのを見て一塁ランナーがホームイン。九州共立大の島内颯太郎投手(光陵・3年)は、味方のエラーも絡み失点はしたものの5回を投げ被安打1自責点0と好投し、代打を送られマウンドを降りました。6回裏には九州共立大が連打で得点を挙げ1-1の同点に。

日体大の松本投手は、7回表に代打を送った関係で6回1失点で降板。普段が完璧すぎることもあり、この日は松本投手にしては少し不安定な投球に感じましたが、そんなときでもきちんと試合を作るところが松本投手のすごいところ。田中将大投手、大谷翔平投手など一流の投手を見ていると、ピンチの場面で「ギアチェンジをしたな」と感じることはありませんか。松本投手もそれを感じる投手のひとりです。得点圏にランナーを背負った場面での集中力、球のキレがより増す様は、勝つために培ってきた自己の投球スタイルの確立を感じさせます。

7回裏からはもうひとりのエース東妻投手がマウンドへ。闘志を前面に押し出す、松本投手とは異なるタイプの投手です。コントロールはアバウトですが、うなるような剛速球と鋭く変化するスライダーなどで打者を圧倒する投球をします。この日も、自身の最速152km/hに迫る151km/hを何度も計測して、スタンドを沸かせていました。9回裏には三者連続空振り三振を奪い、球場中が東妻ワールドに引き込まれます。

1-1のまま延長戦に突入。
 

延長10回からはタイブレーク

10回以降は、1死満塁から選択打順でのタイブレークとなります。両チームとも、打順3番からを選択。雨が強く降り始める中、10回表の攻撃、日体大は船山貴大内野手(日大三・3年)が打席に立ちます。初球、いきなりの死球で、日体大が1点勝ち越します。実は船山選手、これがこの日2個目の死球でした。さらに、関東大会で初戦、準決勝、決勝と3試合連続で死球を受けていたため4試合連続の死球となり、そしてその全試合で得点に絡むという、各連盟では残しておいてくれないかもしれない記録をここに記しておきたいと思います。

ここで4番高垣選手のバットが火を噴きます。カウント1-1から変化球を完璧に捉えた打球は左中間を深々と破り、走者一掃の適時2塁打となりました。5-1と点差を大きくした日体大。攻撃の手を緩めることなく、続く谷津鷹明内野手(向上・4年・神宮大会では左翼手)の右中適時2塁打、大木惇司内野手(東福岡・2年)の左前適時打で7-1とし、この回の攻撃を終えます。10回裏の九州共立大の攻撃は、東妻投手が二者連続三振に切って取り、日体大が準決勝進出を決めました。
 

期待に応えた高垣選手

後から振り返れば、この試合が一番苦しく緊迫した試合だったと思います。4番サードに起用された高垣投手が古城監督の期待に応え、バットで結果を出し、さらに守備でも想像以上の好守を随所に見せチームを盛り上げました。

試合後、5打数無安打4三振という結果になってしまった九州共立大の片山選手は、

「松本投手は、球速は140前半でもまっすぐの伸びが良くて、気づいたら球の下を振っている感じでした。東妻投手も、スライダーのキレがいいとは聞いていましたが想像以上に良かった。まっすぐを狙っていても打てない、甘い球でも捉えられない、自分の好きな球(スライダー)も捉えられなかった。今までこんなことはあまりなかったので、こういうピッチャーが全国で通用すると思ったし、自分もそれに対応できないと通用しないと思いました」

と話していました。

3回2/3を投げ9奪三振と圧巻の投球を見せた東妻投手は、

「お尻周り、ハムストリングスの周りなどをウエイトトレーニングで鍛え、下半身が以前よりしっかりしたことで球速が出るようになりました。(力んでしまわなかったか、という質問に)いつも力んで投げています(笑)。力みながらもしっかりコースに投げられるかどうかで、今日は投げられていました。2ストライクまでは、ファウルをとれるといいかな、という感覚で投げていて、最後はしっかりコースを狙って投げます。(あと2勝で日本一ですね、という質問に)2勝と言っても高い壁なので、上を見すぎないで1試合1試合全力を出せるようにしていきたいです」

と話しました。東妻投手の持ち球は、ストレート、速いスライダー、遅いスライダー、スプリット、シュートで、スライダーの軌道はシンカー気味にちょっと落ちるそうです。憧れの選手を聞かれると、

「関西出身ということもあり、昔から藤川球児投手みたいなストレートを投げたいと思っていました」

と答えていました。

古城監督は、

「ギリギリ勝ちました。安定感があり連投もきく松本を初戦に持ってきました。松本は、日本代表に選ばれて善波監督にいろいろ教えてもらったことで一皮剥けました。東妻もビシッと抑えてくれた。高垣は(入学してきて)春すぐ使ったが、秋はダメで外しました。バッティング自体が変わって調子を上げてきたのと、4番を打つやつがいなかったから使いました(笑)。打ってくれましたね。タイブレークの打順は、信頼できるバッターからにしました」

と、ホッとした表情で話しました。いつもなら負けパターンなのによくやった、今シーズンのテーマが「攻めて、攻めて、攻めまくれ」なのになかなか点が取れなかったから(笑)、と笑い、勇退される高橋監督率いる東洋大(東都大学野球連盟代表)とは練習試合含めて初めての対戦、良い試合をしたい、と気を引き締めていました。
 

大会5日目の11月14日は、先に行われた環太平洋大対星槎道都大の試合中にマウンドの土を入れ換えたほど激しい雨が降っていましたが、神宮球場の方々の完璧なグラウンド整備のおかげで、次の東洋大対日体大も無事行われることになりました。

初戦は7回コールド勝ちだった東洋大、同大学野球部監督を46年務めた高橋昭雄監督が今年限りで勇退されるとあって、この大会にかける思いの強さが伝わってきます。ただ、東洋大が所属する東都リーグは、少しでも雨が降ると早々と試合前中止を決める印象。神宮球場がホームグラウンドとはいえ、夕方の雨の中の試合というのはほぼ経験がないと考えられるため、それがどう影響するか気になるところでもありました。

東洋大は、先発が予想されていた飯田晴海投手(常総学院・4年)が前の試合で打席に立ったときに右ひじを痛めたということで、最速152km/hの速球派右腕、甲斐野央投手(東洋大姫路・3年)が登板。対する日体大は、前日に続き松本航投手が先発登板です。

先制したのは日体大でした。2回裏、2死ランナーなしから俊足の大木選手が左前打で出塁し盗塁、2死2塁から冨里選手の右前適時打で大木選手が先制のホームを踏みます。さらに4回裏、1死1,2塁から冨里選手が再び右前適時打を放ち、1点を加えます。ここで東洋大は、甲斐野投手から山下雅善投手(東邦・2年)へと交代。日体大は、馬場龍星捕手(八戸学院光星・2年)が打席に立ちます。初球、スクイズ成功でさらに1点追加。馬場選手自身もセーフとなりスタンドも大盛り上がり! この回の得点はここまででしたが、3-0と日体大がリードを広げました。

先制のタイムリーを打った冨里選手

8回裏、東洋大の投手は左腕の片山翔太投手(大社・4年)。1死2塁となったところでまた、冨里選手へと打順が回ります。4球目、ワイルドピッチで1死3塁に。そして6球目、冨里選手の右犠飛で4点目が入りました。松本投手はといいますと、前日に6回91球投げたにも関わらず、9回148球を投げ4安打完封。4-0で日体大が勝利し、37年ぶりに決勝へと駒を進めました。

試合後、日体大・古城監督は、

「高橋監督が監督になられたときはまだ2,3歳だったので大先輩ですが、集まりでお会いしたときは気さくに話をしてくださいます。全力で戦って、いい試合をしたいと思っていました。松本は昨日あまり調子が良くなく、東妻があんないいピッチングをしたので刺激を受けたと思います。昨日松本ですんなりいけば、今日は東妻が先発する予定でした。今日の松本は左バッターのインコースにかなり決まっていましたね。右にしか打たれていませんから。今日は選手たちも気持ちが入っていました。ベストでなければ勝てないと。冨里はラッキーボーイでしたね。昨日は高垣、今日は冨里、(リーグ戦出場は少なかったけど神宮大会で)使った子が活躍してくれています」

と、日替わりヒーローを称えていました。

松本投手は、大学日本代表で共に戦った東洋大・中川圭太内野手(PL学園・3年)の名前を出し、

「ジャパンで一緒だったので仲良くて、負ける気はないからよろしくと話してたんですけど、打たれて悔しかったです…(笑)」

と苦笑いをしていました。対戦成績は二ゴロと中前打の2打数1安打でした。

いよいよ、決勝の舞台へ。

好きな時に好きなだけ神宮球場で野球観戦ができる環境に身を置きたいと思い、OLを辞め北海道から上京。 「三度の飯より野球が大好き」というキャッチフレーズと共にタレント活動をしながら、プロ野球・アマチュア野球を年間200試合以上観戦。気になるリーグや選手を取材し独自の視点で伝えるライターとしても活動している。 大学野球、社会人野球を中心に、記者が少なく情報が届かない大会などに自ら赴き、情報を必要とする人に発信する役割も担う。 面白いのに日の当たりづらいリーグや選手を太陽の下に引っ張り出すことを目標とする。

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